2007年11月23日

びいふ・しちう

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う〜っ。寒い寒い...。(がたがた)
今宵の晩の献立は「ビーフ・シチュー」でございます。ルーは、ハウスのビストロシェフ。活力鍋が威力を発揮します。

創世記の日本海軍が日本風の味付けで踏襲(模倣)した料理が「肉じゃが」だったみたいですね。最近汁物がメインの時は、ご飯ではなく、フランス・パンで戴くようになりました。

アタシャいままでビーフ・シチューをご飯にかけると、それが「ハヤシライス」と思いこんでいたんですが、まったく違うんだそうですね。(悩)思わぬ無知が炸裂すますた。m(_"_)m

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2007年11月18日

Oyster

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生牡蠣貰ったんスよー。小ぶりの物なんですがね。「今日・明日なら生食大丈夫だよ」って言われました。タンパク質やカルシウム、亜鉛などのミネラル類をはじめ、さまざまな栄養素が多量に含まれる事から、「海のミルク」というそうですね。

ペンチでバリバリ、かなりの力仕事でした。(汗) キワを全周バリバリ砕いて、貝柱を小刀で切り取るのです。(実は好き嫌いがあるでしょうから、画像はUPしません)

タカチは食べた事が無いので、見た目かなり引いていたんですが、レモンつけて食べたら美味しかったです。えっ?おなかの具合?当然大丈夫ですよー!(笑)
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さきたま点景(3)

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土木工学ではよく「安息角」といいますが、これは自発的に崩れる事なく安定を保つ斜面の角度。これが長年の侵蝕や干拓により崩れてしまっていたのが、「将軍山古墳」。昔訪れた時には、盛り土が失われ、原形を留めていなかった。これが近年(1991年〜1996年)墳丘と周堀が復元されまして、造営された当時の姿を取り戻した。この古墳が観たかったのでした。墳丘長90メートル。巨大古墳の中では一番後期の六世紀第W四半期。

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素焼きの土器(埴輪)が並びます。祭祀用とも云われてますが、土砂の流出を防ぐ為、雨受けの役割をしたとも言われています。同じく「葺石(ふきいし)」なんて、礫で墳丘表面を覆う手段もありましたが...。

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東側は「将軍山古墳展示館」になっており、玄室内部が再現されています。天井石は秩父産の緑泥片岩ですが、側壁・奥壁には房州石(砂岩)が使用されています。ここの房州石は千葉県富津市でしか産出しないので、古利根川や古荒川を使って運ばれてきた=河川を使って一定の行来があった事を伺わせます。

やはり前方部、後円部ともに埋葬施設が出土したそうです。血縁の方が追葬されたんでしょうか?倭製乳文鏡、挂甲、八角稜鈴、舌付銅鈴、環頭太刀、銀装太刀、鉄矛、鉄斧、石製盤、耳環、金環、大刀、馬冑、蛇行状鉄器が出土。このうち馬冑は和歌山県の大谷古墳しか出土例がなく、多く発見されているのは朝鮮半島南部(伽耶地方)。ですからこの馬冑も朝鮮製なんでしょうか?
しかも蛇行状鉄器は馬上に旗を立てる曲線形の竿なので、有力者の古墳なのはほぼ間違いないのではないでしょうか?

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2007年11月17日

503ヴァーサス!

まっくら的には第三の旗手、エドウィンジーンズ「503」のお話を一席。元は関西のメーカーだという噂が誠シメヤカに囁かれましたが、真相はデニム(DENIM)の「」と「」をひっくり返し、「NIM」を反転させ「WIN」として命名した造語だそうですね。本社は東京荒川区。
http://www.edwin.co.jp/index.html

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30歳を過ぎてから、愛用ジーンズはLEVIからLEEに切り変わりました。あのジミー・ディーンやスティーブ・マックイーンが愛用したメーカーだったという、「イワシの頭も信心」的な安直な理由もあったのだけど、いつ頃からか?LEVIの頑固一徹、馬鹿野郎的硬い生地に閉口したというか?LEEは新品でも、微妙に生地が幾分柔らかいのですね。

以来、こだわってLEE「RIDERS」は片時も離せないシロモノで。まっぴらのミドルエイジは、LEEのジーンズ抜きでは語れないのであります。

(まあ仕事はね。汚してもいいようにシマムラの¥1.000のもの)

2本同時購入したストレートを、代わりべんたん代わりんべんたん大事に使用してましたが、ついに1本は履き潰してしまいました。インディゴ・ブルーもアイス・ウォッシュを通り越し、全体的にわらばんしのような肌さわり。こいつはいかん!

あのプアな夏時期、¥7.000は超惜しかった。仕方が無いので、ボロいのは捨てずに自宅で履いておりました。裾やら股座の辺りはステッチが解れて、毛羽立っちゃってね。「ボロ〜は着ててもぉ〜ココロは二式ぃ〜♪」と、ボクの4×歳の夏は、厠の裸電球が如く、とてもとても暗かった。

ようやく財布の口が緩んでお許しが出た。買いに吹っ飛んでいったら、LEEは大きくデザインが様変わりしているんです。ラングラーやエドウィンは好みじゃない。まず宣伝していたブ●ピが嫌い。皺寄り箇所の脱色=「ひげ」を薬品か何かで、わざと演出している不正直さ。

今日日のLEVIは高すぎて、予算オーバー!な、なんであんなに高いの?ちょっと前なら買い揃えた50×シリーズ(¥7.000代)が、今や¥10.800!恐るべし!
店頭的にはLEEは品数が細くなり、しかも全然違う商品になってやがるし...。

お姉さん店員はしきりとエドウィンを勧めてくれる。「同等品ですよ」と。

「違うんだ!LEEじゃないとダメなんだ!あの履き心地じゃないとダメなんだ!お姉さんは許しても、ボクのお尻やキ×マが納得しない!」

「お客さん。国内のLEE商品は、全てエドウィン産業で作ってるんですよ。(注.)」

「..............................................。」

目が点。

口が*。

ゴーマリサン(503)W32 L34を試着したら。ジャストフィット!切り詰めなし。¥6.300(税込)お買い上げありがとうございました!

店員の勝ち誇ったような顔...。ボクの拘りって一体なんだったんだ?
頭の中で●ラピがあざ笑う。

〜( ̄∇ ̄)〜ごぉ〜ま〜りさんっ♪ごぉ〜ま〜りさんっ♪......



(注.)1987年にはリー・ジャパン(株)はすでに買収されていた。
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2007年11月15日

もつ煮込みうどん

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昨晩は横着してまたしても店屋物。「もつ煮込みうどん」。
近所のお蕎麦屋では、ここでしかやっていないメニュー。
季節柄「もつ煮」が美味しいですね。堪能いたしました。

いつまで続く食欲の秋。なんか年の瀬に向けてすっかりメタボだ!(汗)
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2007年11月14日

鮭じゃがクリーム煮

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先週の事になりますがね。新しく購入した活力鍋の取り扱い説明書に、簡単レシピが掲載されておりました。この中のお魚料理に「鮭とじゃがいものクリーム煮」というのがありました。そういえば貰い物の鮭があったので、実験的に作ってみる事にしました。高圧1分です。

四人前 鮭(4切れ)
    じゃがいも(中3個)
    人参(中1/2本)
    玉葱(中1個)
    水(1カップ)

調味料 固形スープの素(1個)
    塩・こしょう(適量)
    牛乳(1/2カップ)
    薄力粉(大さじ1)

...が、ここでケアレスミス発生。鮭が思いのほかしょっぱ過ぎ、スープが塩辛い!大失敗。(笑)後で牛乳に薄力粉を入れ、とろみがつくまで弱火で加熱したものを追加追加...。結局作りすぎてしまいましたとさ。ちゃんちゃん♪(笑)
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2007年11月12日

さきたま点景(2)

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「さきたま点景」、続いては稲荷山古墳。全長120m、高さ11.7m。さきたま古墳群の中ではもっとも古い時期に造営された前方後円墳だとか。

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15年前に足を運んだ折には実は円墳形状。これは昭和初期の干拓事業の際、前方部が取り壊されてしまった事による。(公園化される前は、ここの周囲は田んぼだったんですね。)2003年の復元工事で、この通り見違えるようになりました。前方部はマツリゴトを行う祭壇の役割もしたんだとか?

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前方部墳頂部から後円部を望みます。昔は後円墳頂部(画像の植え込みの中心辺り)には小さな稲荷のお社があり、それで「稲荷山」。
この後円部から、画文帯神獣鏡や勾玉、さらには例の金錯銘鉄剣が出土したんですね。この鉄剣には、115文字に及ぶ金象嵌であしらった銘文が彫られている事が、後の調査で判明。国宝に指定されました。また出土した埋葬施設の礫槨と粘土槨は、鶏小屋のような金網に囲まれて、お社ともども大切に保管されていました。

この銘文の中に「獲加多支鹵(わかたける)大王」という名前が登場します。471年に彫られたものですから5世紀後半、この当時活躍した帝は「大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと)」、また「宗書」における「倭國王武」と記された事からして、第二十一代「雄略天皇」の事ではないかと伝えられています。

また同様の「獲加多支鹵大王」の銘文を刻んだ金錯銘鉄剣は、熊本県玉名郡菊水町の江田船山古墳からも出土しているそうで。この当時、一定の生産ロッドみたいのがあったんでしょうかね?(笑)

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これが後円部墳頂から出土した主体部(埋葬施設)「礫槨(れきかく)」。河原のごろた石を敷き詰めています。出土した鉄剣の銘文には「杖刀人首(首=長)」とあり、被葬者は代々その役職を勤めあげてきた人物らしいのですが、金錯銘鉄剣を含め、画文帯神獣鏡や勾玉など副葬品が多いので、地方の有力な豪族クラス、国造(くにのみやつこ ※注)ほどの身分ではなかろうか?

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主体部からは更にもう一箇所。追葬なんでしょうか?(同じ棺に何度も埋葬するのは重葬)隣の礫槨に対して「の字型」に配置。方向などに規則性が無いので謎なんです。隣り合わせるように「粘土槨(ねんどかく)」。土で床を作り上に木棺を乗せ、上を土で覆った...ちょっと前の土葬と同じですか。どちらもゾウリムシのような「舟形」です。

これ等は円中央部からは微妙にずれた位置にあり、後年この場所に協同葬として葬られ、更に地中に造営当時の主体部があるのではないか?という説もあるそうですけど...。歴史のロマンを感じますですねぇ〜。
つづく


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(※注) ときの朝廷によりつくられた地方行政組織。初期は各土地の有力な豪族が任官。大化の改新により廃止。

 
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2007年11月11日

さきたま点景(1)

歴史散歩」なるカテゴリを増やしてみました。趣味は趣味なんですが、果たしてコンテンツとして成立するかどうか?

ちょっと前の話になりますが、県北部の「さきたま風土記の丘」というところに行ってきました。行田市埼玉(さきたま)の古墳公園です。ここには5世紀後半から6世紀末にかけて造られた巨大古墳群があり、「辛亥年七月中記乎獲居臣...」で始まる金錯銘鉄剣が出土した事で有名で、世界登録遺産にしようと活動が近年活発なんだとか。前方後円墳8基、円墳1基。

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今日はこの中の「丸墓山古墳」をレヴューしてみます。直径102m、高さ18.9mの日本最大の円墳。古文書(新編武蔵風土記稿)には麿墓山(まろはかやま)とも記載されています。造営されたのは他の前方後円墳の系列とは別個に6世紀前半という説が有力だそうです。

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被葬者は毛野の勢力なのか?武蔵か?あるいは、ときの大和朝廷が毛野の勢力に台頭する為に送り込んだ派遣軍の盟主のものなのか?これが不明です。利根川を挟んで群馬県との県境に近い立地条件。河川は古くは物を運ぶ大動脈でしたが、同時に国境線という側面もあります。この地で利根川水系を挟んで仮想敵とにらみ合ったんでしょうか?

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東側からタカチが登ります。いやぁ〜っ!かなり急勾配。かなり息が切れます。雨が降ったり止んだりの悪条件で、足元の階段が滑りますから要注意!墳丘頂上は見晴らしが良いので、平野が一望出来るます。

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西側に下ります。傾斜がかなり急ですから、こちらもおっかなびっくりです。この頃の埋葬施設は礫槨(れきかく)や粘土槨(ねんどかく)は主なんですが、丸墓山古墳は不明。後に別の古墳を取り上げた時に語りますが、この埋葬施設に使われるっていうのが、古墳を調べる上でのひとつのキーワードになってきます。

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後の秀吉の時代、関東北条征伐の際、石田三成は行田忍の忍城の攻略を担当したそうです。三成はこの円墳の墳丘頂上に本陣を敷きました。秀吉の戦術(高松城の水攻め)を模倣して水攻めをしたそうですが、経理担当者が土木作業に従事するには無茶があったようで、残念ながら堤防が決壊し、脆くも失敗に終わったんだとか?この近隣には確かまだその時の石田堤の跡がまだ残っておったはずです。(?)

県北〜行田から羽生にかけて古代古墳の宝庫なんですが、その多くは後の時代、水田や干拓事業などでだいぶ取りこぼされて、消滅してしまったものも数多いそうですね。
      
つづく
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2007年11月08日

アンゴトカズサノスケ

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『TATATATATAH!』

文章に描かれた「信長像」は、やはり司馬作品に代表される『国盗り物語』が有名だろうか? 最近では『下天は夢か』や『鬼と人と』もいい作品だった。

接骨院の先生に古い文庫を戴いて、狂喜し、貪り読んだのが、
この『信長』で。
『日本文化私観』、『堕落論』、『白痴』で知られた昭和文壇の鬼才、坂口安吾の隠れた傑作ではなかろうか?

自らを“落伍者”と位置づけ「生きよ堕ちよ」と積極的堕落の道を進め、自主的に真実を掴み取る術を説き続けたあの過激な文学は、生きる以上永遠に純潔でありえない人間の哀しきも説き、敗戦後の混迷にあえぐ民衆もさることながら、多感であった高校時代のボクの心にも衝撃を与えた文学作品であった。

以後『木枯の酒倉から』や『風博士』、真珠湾九軍神を取り扱った『真珠』、『鬼の褌を洗ふ女』も全て読んだけど、当時文庫化されていない「安吾史観」や「安吾捕物帖」に関しては、ついに網羅していなかったのでした。

『信長』は安吾がもっとも愛した歴史上の人物だったそうで、後の司馬文学に紹介されている様に、合理化された人材抜擢や老朽の淘汰(駆逐)に代表される「機能の権化」たる以前を....筆者と主人公(青年)が人馬一体と化した様な無邪気さ・溌剌とした活力が文章に漲っている作品なんですね。

物語は濃(の)が上総介(かずさのすけ)=信長に政略結婚させられた時期からスタートし、徹底的に傾いた阿呆ぶりも、「あっちこっち命がけ」を座右の銘とし、滅亡から出発したこの破滅型作家に似て、豪放磊落、無頼な描写。歯切れのよい啖呵でもまくし立てるように描いている。
美濃の古蝮=道三との新旧、魂の交感を果たし得た時代を経て、歴史の檜舞台ににわかに躍り出で、桶狭間で義元を討ち破り、熱田の街に凱旋するところで、惜しげもなく幕を引いている。若き上総介の奇跡とこれからの栄光に足を踏み出した刹那のところで、幕を下ろしている辺りが、実に煌びやかで天晴れな幕引きなんですね。

天下の如きはなにものでもなく、死のうは一定。彼はいつ死んでも良かったし、別に病み呆けていつまで生きてもよかった。苦心経営や全ての勘考...「生きる」というのは、命がけの「全的な遊び」と前面に押し出しちゃっているんですね。それだけのための時間領域。

八方破れの安吾が完全に感情移入しちゃってる。

愚劣であり無邪気であるというのは、案外大事な事かもしれないな。
普段は人気者でありながら、三者面談で担任の前で、妙に緊張しているセガレを傍目に見ながらなんとなくそう感じたね。

『PAPAPAPAPA!』

さて、フロツクコートをはためかせ、風博士と共に今宵は去る事としよう。たまには小ざかしき猿めが登場しない信長記も面白いですね。ガスパッチョ♪もいいけどさ。(笑)
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2007年11月06日

デンガク

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「田楽」。夕飯は久々におでん
醤油ベースですから関東煮(かんとだき)。

おでんが大好物だった赤塚キャラは、チビ太だったか?ハタ坊だったか?(笑) セガレはゆで玉子「あつあつっ!」とダチョウ倶楽部のネタを、地でいってました。「コロス気かぁーっ!」(笑)

しかし2〜3日続くと厭きますね。 以前みのさんのTVでやってましたが、出汁でご飯炊いちゃって、 具を細かく刻んで混ぜると、美味しいそうですね。
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2007年11月04日

爆饅・激麺!

昨日の「カルチャー・ヌードル」の続編になりますかね...。

月命日の関係で、今日は墓参りに行っていたんですが、現地で「お昼は外食にしよう!」という話になり、帰りがてら中華料理屋さんに立ち寄ったのですね。「リューシャンファー」って評判のいいお店を教わったので、そこへ行きました。メニューを見てたら「四川担担麺」が偶然ありました。
えー、兼ねてより「ガクモンとは、限度の発見である!」と子供には教えてきましたが、今回このダメ親父は、敢えて「その限度に挑戦している姿」を、子供のモー膜に焼き付けさせてやりたかったからなのでした。

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...で、コレなんですけど、凄いですね。井伊家の赤備えばりに「どっからでもかかってこい」みたいな...。思わず目が泳いじゃいましたね。(笑)同行した食べ盛りのセガレは箸を伸ばすどころか、思わずグッと引きました。
「俺は闘わなきゃいけないんだ。とにかくここでこの麺と独りで闘わなければいけないんだ...」と、遠い異国のリングで激辛悶絶デス・マッチ、時間無制限1本勝負に望む、孤独な挑戦者の気分に浸れました。(笑)

「三国志」の世界は詳しくは知りませんが、巴蜀の地は確か盆地で湿度が高く、寒暖や気候の変化が著しかったはず。四川料理は「辣椒(ラージャオ)」と呼ばれる唐辛子や香辛料で有名でしたけど、ニッポンに四川料理を広めた陳建民大人のアレンジとも......あ〜っ!辛ぁ〜!ウンチクも何も、彼がセコンドについているようなもんですから。(笑)

死闘を繰り広げること15分。ボクシングばりに3分毎に「アヒアヒお冷」インターバル。頭といわず背中といわず汗だくになり、Tシャツ一枚になり、器の縁に思わずサミング入れちゃいましたねえ。(笑)正味5ラウンド要しましたが、スープまでKO完食...でした。(ふぅ〜。)大量発汗で健康にはいいんですが、たらこクチビルになって帰宅。

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さて。御土産に買った豚まん。市販の物の大きさを想像していましたが、やけに箱が大きい。箱を開けると驚くなかれ!これも豪快な物でした。思わず手近にあったボールペンと比較してみました。(笑)

カルチャー・ショックでしたね。
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2007年11月03日

カルチャー・ヌードル?

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11月になりました。「文化の日」にちなんで、豪快に鍋で「煮込みうどん」ならぬ「煮込みラーメン」を作ってみました。
ううっ。すいません。我が家における「文化の日」に相応しい、「高度な精神活動」って、この程度のものなのです。(爆笑)

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野菜がもうちょっと多い方が良かったかな?あるいはスープにお餅を放り込んでは?工夫の積み重ねが、文化なり、文明に繋がるのだ!
(繋がらない繋がらない 苦笑)
喰ってから考える...もとい、寝る。(笑)

取り合えず、脳を差し置き「胃でひたすら考えた」文化の秋でございました。
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