2008年09月18日

大河「篤姫」(第37話)

今頃の寄稿になってしまいますが、今週の「篤姫 第37話 友情と決別」。病院のパラマウント・ベッドに寝そべりしっかり観ておりました。

今までの幕末ドラマ傾向ですと、文久2年8月の生麦事件〜英国人殺傷事件をお話の軸に配するところなんでしょうが、幕政改革を行う為、京から江戸に下向した薩摩藩島津久光と勅旨大原重富らによる老中達への恫喝外交。さらには小松帯刀と天祥院との久方ぶりの邂逅がお話のメインでした。
世は攘夷攘夷(外国人排斥)と紛糾しておりますが、ドラマの最後で、薩摩が偶然攘夷に先鞭をつけてしまった歴史の皮肉というか、その落差というか、実にドラマチックな描かれ方でした。ちなみに史実だとこの後薩摩に帰った小松帯刀は藩の家老職に任ぜられます。

生麦村というのは現神奈川県横浜市鶴見区生麦なんですが、商談に訪れ付近を馬で散策していた英国人数名が、薩摩の大名行列に乗り入れてしまい、上意討ちにあってしまったという事件です。日本の慣習では大名行列を妨害する行為は無礼この上ない行為に当たりますから、勇躍した供揃えの藩士にここぞとばかり斬りつけられてしまったという話。後々国際問題として紛糾し、薩英戦争の引き金となる事件でした。最初に斬りかかった眼っかちの眼帯男は奈良原喜左衛門なんでしょうかね?

しかし薩英戦争後、外国と比肩する為に保守的傾向から脱却し開国路線へ傾きつつも、攘夷を断行した藩と他藩から尊敬を仰ぎ攘夷の中心的役割を担うこととなる薩藩庁の二面性やら苦悩。保守派の久光をもってして“次の世は島津幕府である”とそそのかし倒幕路線へと推し進めた大久保さぁ(原田泰造)の手腕が上手く描ききれるか?楽しみです。
posted by まっぴら at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレ・ログ(TVlog) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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