一式の名を冠する以上、一応「一式小咄」で間違いない。新製品の模型購入や新規制作を控えておりますが、その間ヤリカケは片付けたい。(笑)
かつて「平成十八年度決戦主力戦車」と呼ばわった「一式中戦車 略符号チヘ」は実車の開発同様、遅延に遅延を重ねて、長きに渡り我が工廠(即ち机)の片隅にブン投がってありましたが、このたび一念発起の工作を再開しました。ってか、これが散漫放埓な未完模型ストックの中で完成に一番近そうな気がしたもんで...。(苦笑)

おさらいしますと、車体はお手製プア・オレンジ(鉄道カラー・ベース)と佐世保工廠軍艦色の異色コラボの二色迷彩。(これはあの当時、高名な高月森氏の二色迷彩三式中戦車にショックとインスピレーションを受けた後)海軍陸戦隊仕様で本土決戦の動員に備えて「あっち行け!こっち行け!」と佐世保近辺をウロチョロと走りまわっているうちに終戦を迎えてしまったような設定を思いたちました。
現地の工廠で調達できた有り物軍艦ペンキをビャッ!と...または錆止めグレーの上に車体色を塗った感じ...。 エッジを浮き立たせるT・グリーンランドの作例を意識したと言うより、本官はどーも建設重機の車体塗装の呪縛から逃げられない。つぅーか、塗装例として巷に流布されているバフ系■の血色の悪さに一石を投じたいと思ったわけです。(当時の報道の着色写真の影響も大きいのだけど...。)
模型なんだからIF(もし)でもいいぢゃないか!
茶系の塗装は、主に砲身・制退器・ライトに留めました。カーキ+マホガニー+レッドブラウンの混色です。長躯進撃するときには砲身に埃や泥が入らないように砲架にカバーをつける装備もありましたが、その他移動時の震動で砲塔の揺架を傷める配慮から、取り外して部隊のトラックで輸送したそうですね。照準などの光学部品なんかもきっとそうだったでしょう。途上機械故障など脱落車も充分あることでしょうし、予備機材としての携行も考えられますから、「わざわざ車体色に塗り直している時間も無いっ!」と、敢えて車体とは絡まない別の色を用意しました。またわざと艶を出しています。デッドマットの中にチラリとでも鈍色の光沢が見えると、車体が置物にならず“生きている”印象を受けます。
砲塔には海軍の錨のマーキングが是非欲しいところ。
この箱のような後ろからの角度が好きです。幹部搭乗主義から上層には優先的に割り当てられたんでしょうか?無線架台が充実しております。(アンテナはまだ未装着)きっと送受信機の搭載も兼ねて九七式より幾分広い車内スペースが用意・確保されたのかもしれません。
画像に映る新聞紙は、朝日新聞日曜刊の「写真が語る戦争」と題されたコラムに掲載されていた占守(シュムシュ)島に残るチハ改の残骸写真(95年撮影)。ここに配備されていたのは戦車第11連隊ですから「士」のマーキングで有名な車輌ですね。
あっ!手を傷めてしまい、汚し塗装作業はまたちょっと停滞しております。どこまでも運の悪さ・屁の臭さ。(恥)























