私観ですが
師走っていうのは日本人の心情的には、まあ年の瀬と共に慌しくなる世間の波に揉まれつつ(熱燗と炬燵に想いを馳せながら)翌年を展望するといった風物的な印象もありますが、
決意や
決起といったものが表出し易い時期なのではなかろうか?歴史的には西暦ではありませんが、元禄15年12月14日の忠臣蔵(元禄赤穂事件)がそうでした。「トラ・トラ・トラ 我奇襲二成功セリ」で御馴染みの真珠湾攻撃(日本時間1941年12月8日未明)もそうでした。ホントに私観ですけど、何か切羽詰った情感に働きかける、あるいは訴えかける民族的遺伝体質を祖先から引き継いでいるのではないでしょうか?
来年度の
手帖を購入しました。自分で金だして買ったのは初めてじゃなかろうか。昔はこれとカレンダーはね。取引先の戴き物で困らなかった価値無きアイテムですが、昨今は景気の低迷の煽りからか?こういった多少値のはる品の戴き物は、まことにか細くなりました。頁をペラペラと捲りながら、なんとなく来年に想いを馳せております。まあ先の決起といった狂信的行動(例えは悪いが)とは比べものにならないぐらい指先の爪の先ほどのちっぽけな来春に向けての情熱ですけんど、形に置き換えてしまえば「ボクの決意の表れ」なんて、この税込¥1.449の黒革の手帖に収まる程度のものなんでございます。(笑)
店頭の棚に並んだ色とりどりのカラフルな手帖を眺めつつ、手にしたものが、何てこと無い安物のこの合成黒革のカバーを着た物でした。
「何故?」と問われても、心象的色彩が
黒だったとしか理由が説明つかない。無論マニフェストといったこっ恥ずかしいものは何もなく、来期に臨む姿勢をこの物体に(たまたま)投影してみたかっただけなのです。
厄年という古い括り方でスケープゴートするならば、今年はボクはいい事が皆目無かった。ボク個人は肉体的に痛い思いすらした。(ほぼ自業自得ですが)
師曰く「四十にして迷わず」どころか、破るべき卵の殻の中で流動的な黄身の如く、迷走ばかり繰り返していた。
来年こそは...毎年言っている事でございますが。(苦笑)
良い年でありますように。
皆様も良い年を迎えられますように。景気の低迷といった身を切る寒風の中、更なる飛躍の年となられますよう御祈念せずにはいられず、筆を取る...ならぬキーボードに向かいました。