2011年09月11日

ムビ・ログ中期決算的総括

これほどレンタルDVDショップに足繁く通った季節は過去一度もありませんで、ここふた月の「ムビログ(映画ログ)」の感想記事を見直したところ、これだけの本数になりました。

「カティンの森」

「アンジェラの灰」

「青い夢の女」

「ノーカントリー」

「グラン・トリノ」

「宮廷画家ゴヤは見た」

「ミラーズ・クロッシング」

「ハート・ロッカー」

「ブラック・ダリア」

「メメント」

「SAW ソウ」

「SAW2 ソウ2」(感想未投稿)

「CUBE ZERO」(感想未投稿)

「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」

「ジェシー・ジェームズの暗殺」

「SPACE BATTLESHIP ヤマト」

「十三人の刺客」

「桜田門外ノ変」

「君に届け」

「劇場版 マクロスF 虚空歌姫 〜イツワリノウタヒメ〜」

「スカイ・クロラ」

「イノセンス」

「人狼 JIN-ROH」

「必死剣 鳥刺し」

「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」

「隠し剣 鬼の爪」

「ハチミツとクローバー ~恋に落ちた瞬間~」

「少年メリケンサック」

「アヒルと鴨のコインロッカー」

「デス・プルーフ」

「プラネット・テラー」

「呪怨 白い老女」

「ドラキュラ」

「NANA -ナナ-」

「フィッシュストーリー」

「乱暴と待機」

「ソラニン」

「感染」

「嫌われ松子の一生」

「デトロイト・メタル・シティ」

「山形スクリーム」(感想未投稿)

「自虐の詩」

「カラフル Colorful

「色即ぜねれいしょん」

本日は田口トモロヲ監督の「アイデン&ティティ」と、吉田大八監督のブラック・コメディ映画「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を借りてきましたので、計46本になります。感想は後日となりますが、しかし随分と頑張ったなあ。しかしこの他BS放映の洋画も録画チェックしていますから、その映画ドップリ浸けの自分に驚かざる負えない。我が部屋のブルーレイ・デッキ周辺は、放熱排気からちょっとした熱気スポットに...暖が取れます。(苦笑)

我ながら「馬鹿だなあ〜」と思うのは過去ログで、1日1本と決めていたにも関わらず、8月の日数より、何故か感想記事数の方が日数を上回っている事。 (感想未投稿)とあるのは、書くに値しない出来映え、あるいは気力が及ばない作品。

個人的に洋画の第一位は、C・イーストウッドの「グラン・トリノ」。

邦画の個人的第一位は、宮崎あおいちゃんの「少年メリケンサック」。

僅差で「アヒルと鴨のコインロッカー」を挙げておきます。
 「メリケン」は中古で購入済ですが、他は是非購入してコレクション化したいもの。

最近変わった事といえば、割と邦画を好んで観るようになりました。昔は「TV番組と同じ俳優に、何故金を払って観なきゃいかん!」と頑なに観なかったので、基本勉強不足。作品の年代的幅は平均5〜6年ぐらいですが、ここ10年ばかりは子供の養育と失業等の連鎖の狭間で、劇場に足を運んで映画を楽しむ心的余裕やゆとりがありませんでしたので、多少挽回できただろうか?日々新しい才能に刺激されるのは精神衛生上良い事で、もっかムーヴィー・トリヴュアを司る脳細胞が嬉しい悲鳴を挙げております。(でも眼が疲れますね 笑)

なまじ拘りや免疫がないせいか?レンタル邦画の棚は、魅惑の宝庫になりました。 当分余熱が冷める事はないと思います。
posted by まっぴら at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

色即ぜねれいしょん

優しい両親、平凡な毎日、
ヤンキーにもなれず、グレる理由すらない。
それが僕のコンプレックス。

「行かへん?旅?」
ある日、純(渡辺大知)は同じく文科系男子の伊部と池山から隠岐島への旅行に誘われる。彼らの話によるところ、隠岐島のユースホステルにはフリーセックス主義者が集まるらしく、そこに行けばモテモテになるという。数日後、重いギターケースと旅行バッグを手にした純は、待ち合わせ場所である京都駅でタバコに火をつける。気分はすっかりロックミュージシャン。合流した伊部と池山に「ギターなんてずるい!」とからかわれながら、夜行列車とフェリーを乗り継いで、浮かれ気分で隠岐島へと向かう。
安田講堂が陥落し、学生運動が下火になった1974年の京都を舞台に、ロックとボブ・デュランに憧れる仏教系男子高校の1年生:純と仲間たちの平凡で悶々とした日々と、ひと夏の成長を描く性(?)春映画。 みうらじゅん氏の自伝的青春小説を「アイデン&ティティ」の田口トモロヲがメガホンを取り映画化。制作発表の席でしょうか?主人公:純を演じる黒猫チェルシー/渡辺大智さんに「(同年代として)原作を読んでて、ここまでアホじゃない」と言い切られてしまった原作者:みうらじゅん氏の立場って一体....?(笑)

映画「色即ぜねれいしょん」。これイイネ!

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大学生主役のキャンパス・ライフといったほんの少しだけ理知にとんだ環境や思考とは趣ががらりと変わりまして、本能やら煩悩剥き出し、所謂ヤリたい盛りの童貞高校生が醸しだす野蛮さ、下品さ、周囲に人畜無害を強要されつつも「文化系男子をなめんじゃねえ!」とした励起エナジーだけは、屈折を持たず、世の今昔男子のノスタルジーを揺さぶり、共鳴を引き起こすこととなるだろう。
学生運動という世の沸騰期も過ぎ、今で言うユル〜い日常の中、彼らに“旅”、更には“フリーセックス”というキーワードを与えただけで、突如として凡庸な表情に輝きを増すのが、素晴らしく撮られている。
旅先で出会う事となるノーブラの女性:オリーブ(臼田あさ美)のほのかな色香。白い水着姿に見え隠れする“黒い翳り”も、その体当たりさに呆然としたのだった。道中、帰郷後と結果として本能的欲求は満たされ仕舞いとなるものの、旅先の女って確かに綺麗に映る瞬間があるんだよなあ〜。(笑)

学生運動による革命が破れ、その厭世感から隠岐島ユースホステルの管理人を務める元全共闘:ヒゲゴジラ(峯田和伸)の口癖。「サヨナラだけが人生さ...。」 純達が島を去る当日、フェリー乗場における別れの間際、「サヨナラだけの人生じゃ...つまらないぞーっ!」。少年たちのこの島での成長の影響は、この世捨て人の褪せた心境さえ過分に変質させた。このシーンだけでもジーンと痺れました。アジテートの喧騒怒号の中にあった人でありながら、人生はフィロソフィや理屈ばかりでは語れなかったのを、この人も実は充分理解していたんだよ。勢いはフェイクではない。

また純に夜遊びを教え、その背中に大人なりの哀愁を漂わせるヒッピー崩れの家庭教師(岸田繁)の存在。ある意味兄貴の様な反面教師ですね。これがいい。

夏休みが終わり文化祭で自作のフォークソングを披露する羽目になる純は、クラス内で反目する体育会系ヤンキー達の歌うパンキッシュな歌に対抗して、自らが内面に抑圧した“性”を前面に押し出したパワー・フォークを熱唱。彼等を一気に黙らし、そして眇めの枠を取り払う。お互いのアイデンティティを認め合って、相互理解を取り付けてしまうハッピーエンドは実に爽快な幕引きだった。
般若心経の中においてニヒリズムの香りすらする「色即是空」の説くところ“今を精一杯生きる”ことにおいて、時の少年たちの脳内に古今・懐古の枠組みは無い筈だ。ああっ!若いっていいなあ!かなりの快作、かっ飛ばしましたね!

posted by まっぴら at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月10日

Colorful -カラフル-

暇にあかせて自分でもお絵描きをする関係上、アニメ映画を鑑賞する際は、やはりキャラ絵の個人的な好み、好き嫌いが如実、かつ顕著に表出してしまいます。本作品を良し!とする評判を聞いて、悪しき先入観を払拭すべく観たところ、これが実にいいアニメ映画作品だったので大変驚き、また感動いたしました。

直木賞作家である森絵都の児童文学を、「河童のクゥと夏休み」の原恵一監督がアニメ化したファンタジードラマ。残念ながら勉強不足で「河童のクゥ」は未だ未見でありますが、愚息に付き合って観た「クレヨンしんちゃん」シリーズの劇場版を手掛けてた監督さんです。脚本は数多くの子供向けアニメ作品を手掛けた大ベテランであります女性脚本家:丸尾みほさん。
サンライズ作品「カラフル Colorful
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http://www.colorful-movie.jp/

【STORY】

「ぼく」は一度死んだはずだが、天使に「抽選にあたりました!」と言われ、生まれ変わり「小林真」という中学生としてもう一度人生をやり直すチャンスを与えられる。そして、小林真として生活が始まるのだがさまざまな困難が立ちはだかることになる。
真の家庭は、一見幸せそうに見えた。しかし、存在感の薄い父、母は不倫中で、兄は出来の悪い真を馬鹿にして口も聞かない。その上、学校では内気で友達も無く、成績も最低。救いようのない毎日を生きていた真は、秘かに想いを寄せる後輩ひろかが援助交際をしている事実を知り、自殺したと“ぼく”は知る。そんな中、真っぽく振る舞わない“ぼく”と、まわりの関係が少しずつ変わってゆく。家族、はじめて出来た親友、真をずっと見ていた唄子、そしてひろか。様々なことが動き出し、そして、“ぼく”は「ある事」に気づく。

そのOP、主人公目線で鳥瞰された都市風景。カメラ俯瞰はとある総合病院の病棟を映し出す。記号の様に並んだ各階病室の窓をカメラは横に舐めていきますが、一部屋だけキンモクセイの木が窓に覆い被さる。窓からは部屋の中の状況は覗けないものの、満開のキンモクセイのその色彩的鮮やかさ...。

灰色一色だと思っていた“真”の世界は、
よく見ると、いろんな色を秘めていた――――

いや。これだけでも観る価値はあった!今更ながら「昨今のアニメはここまで描くのか!?」 作品内容は実写作品として撮って撮れない事はないと思いますが、空間演出やキャラを取り巻く空気の間合いや密度まで表現できたかどうか?

ネタバレになってしまうので、出来るだけ作品内容は臥せたいと思います。けど実はボクは物語前半で、この映画の総括的なオチが見えてしまったの!けど、ここでは内緒。(笑)

この作品は東京都世田谷区周辺、等々力や二子玉川付近が主な舞台とされております。物語中盤に真と絡むことになる同級生:早乙女の存在が、物語後半に向け、ともすれば周囲の環境から受ける軋轢に揺れ動く15歳の心。つい沈みがちになる話に、活力や弾力といったものを持たせたような気がします。彼は鉄道マニアで昔の路面電車=玉川電気鉄道の失われた情景を追いかけているんですね。次第にうち解け合っていくプロセスが非常に丁寧かつ丹念に描かれています。ベタ座りしたコンビニ駐車場でのチキンと肉まんのやり取りなど、古今の少年たちの思い出の中では、ほぼ等身大の光景なのではなかろうかね?

また宮崎あおいちゃんがCVを担当したクラスメートの佐野唱子。役者さんと声優さんとではまた発声手法や表現が違いますから、その客寄せ感覚にいささか不安感が先に立ったんですけど、真に入れ込むあまり断定口調となりながらも、語尾をオズオズと反復するような内気な役柄なのであまり遜色は感じない。

人生再チャレンジのガイド役を務める少年天使プラプラを絡めて、15歳の少年としては重過ぎる内容である死生観に触れる件があるけど、説教臭さはあまり感じませんでした。深刻な内容だけについ敬遠したくなるのだけど、逆に変に押しが弱い箇所が多いような感じもするんだよね。だがこの方が実像的にはリアルなのかもしれない。あるいは辛気臭さが滲みそうなシークエンスに気がつき感覚に訴えかけたところ、曖昧さばかりが残像として突出してしまったのか?
いずれにせよ昨今の少年たちの様に結論を性急に求めずとも、主人公も我々もまだ先の長い人生でありますから。(笑) 未消化といってしまえばそれまでですが、監督の描きたかったところ、含みを持たせてわざとサラリと受け流したところは、意外とそこいら辺が作品的肝なのかもしれません。

この映画は、シンガーソングライターのmiwaさんがED曲:ブルーハーツの「青空」をカヴァーし、それとは別にイメージソングとして尾崎豊のヒットナンバー「僕が僕であるために」をカヴァーしています。
絶妙なアレンジであるこちらの曲の方が、作品世界のED曲として相応しそうな気がしたんですが、レコード会社間における権利上何かしらの問題だったのでしょうか?本編では使用されず予告編のみの使用でした。楽曲のサビの部分「〜少し心許しながら〜♪」。ふと映画的内容と大きく被ったのか?尾崎とその楽曲が巷に溢れていた頃への懐古からか?エンド・クレジットに流れるスタッフ・ロールの文字が急に滲んでぼやけてしまったのでした。

【結論】
性急に結論を希求せず、残り時間は緩やかに行きたい、生きたい。

トレーラーはコチラ。
miwaナイト 生歌#3「僕が僕であるために

posted by まっぴら at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月07日

自虐の詩

これ、隠れた傑作ですね。やたらといい映画でした。原作は竹書房刊の業田良家の同名4コマ漫画だそうですが、その映画化。堤幸彦監督作品、中谷美紀・阿部寛主演「自虐の詩」。懐かしささえ覚える風景は、差し詰め「三丁目の夕日」の大阪版。ソウルフルな人々。東京下町の人情味とはまた少し毛色が違った上方贅六の心意気。

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【STORY】
気仙沼出身の森田幸江は、無職で甲斐性無しの葉山イサオに尽くしている。二人は大阪で一緒に暮らしているのだが、まだ籍を入れていない。幸江がラーメン屋で働きながら生活を切り詰めやりくりしているというのに、ヤクザ者のイサオは毎日ボーッとして、やることといえば賭け事ばかり。気に入らないことがあれば、ちゃぶ台をひっくり返す。ところが幸江は、周りに何と言われようと、イサオに惚れて惚れて惚れぬいている。

本作品の目玉である、ちゃぶ台ひっくり返しにVFXを使うというのが(笑)四畳半で展開される「マトリックス」みたいだねぇ。
中谷美紀さんは「嫌われ松子」に次いで、薄幸の女性像を演じており、この手の役柄が随分と板についたような気がする。今回は半ば過剰気味な献身愛がメインですね。また父親が犯罪者であり極貧の為、自らの周辺に絶えず揺り動かされ続けた少女期の回想シーンが時折インサートされますが、映像的にも実に美しい。
暴れ者のイサオを演じる阿部さんは、「TRICK」の上田や「北斗の拳」のCV等を担当されておりましたが、口足らずで朴訥なトンマカッチョ系な役柄が大変ハマリ役であります。
西田敏行氏を始めとし、カルーセル麻紀やラーメン屋店主の遠藤憲一(呆然としている傍らで鍋に火が入るシーンには爆笑!)、更には警官役のミスターちんがいい味を出している。この作品の後に撮られた「20世紀少年」は確固たる商業ベースの軌道が各方面に確立され過ぎており、あまりいい印象を持てない残念映画(自分的には)だったんですが、個性の際立つキャラの配置に「堤色、実に隙無し」といった感じ。「BECK」はレンタルを楽しみにしています。

幸江が水槽の海月(くらげ)に見惚れるシーンがありますが、漫画、あるいはアニメ作品「海月姫」にソックリで、なんらかのインスピレーションを与えたのではなかろうか?別に確証は無いけどね。(o・ω・o)

posted by まっぴら at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デトロイト・メタル・シティ

これこそ完璧なる「邪悪なる意思の憑依」系作品だと思います。(笑) 下手なホラー映画よりノリが良いで。クラウザーさんはとにかく良く描けていて爆笑必至ですが、まさかマツケンくんが演じるとはねぇ。扮する哀れな子羊:松山ケンイチの弾けっぷりと、メタル好きの音楽事務所社長を演じる松雪ヤス子のエロ怖さを堪能。
李闘士男
posted by まっぴら at 17:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月04日

嫌われ松子の一生

その凝った画面構成、過度の色彩配置から「眼が疲れる!しまった!」と嘆いたが、次第に一人の女性の空転する生き様に否応無く引きこまれることになる。観終えた後、この映画の魅力は一言では言い表せない。昭和中期から現代を舞台とし、、河川敷で不審死を遂げた“川尻松子”という一人の中年女性を軸として、この物語は幕を挙げる。彼女の辛酸を舐め尽くした悲劇的人生を、お涙頂戴の堕落劇としてではなく、ファンタスティカルかつスラップ・スティカルなミュージカル仕立てに構築し、ベクトルを逆とするシンデレラ・ストーリーとして《人生賛歌》に置き換えてしまった傑作映画。ミュージカルといった豪華なエンターティメント性が産み落とされるだけの演劇的土壌が乏しき日本映画にあって、この映画の存在は正に奇跡であり、至宝であろう。

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中島哲也監督作品、映画「嫌われ松子の一生」。

嫌われ松子を演じた中谷美紀さん。この映画で、教師からソープ嬢、殺人を犯し服役履歴を持つ者として、フォーリン・ダウンしていく主人公の姿を通じて、ありとあらゆる役柄を演じきった事により、演技者としてこの先怖いものはないだろうと思う。中島哲也監督は大変厳しい演技指導をされる方と聞き及んでいます。この作品に対しては並々ならぬ苦労があった事でしょうね。

CG合成を多用し、星・花・蝶・小鳥が画面を舞う中、それよりも煌めかしい豪華キャスト...甥役の瑛太さんを始めとし、伊勢谷友介 香川照之 市川実日子 黒沢あすか 柄本明 木村カエラ 蒼井そら 柴咲コウ 片平なぎさ 本田博太郎 奥ノ谷佳奈(子役) ゴリ(ガレッジセール) 榊英雄 マギー 竹山隆範(カンニング) 谷原章介 甲本雅裕 キムラ緑子 角野卓造 阿井莉沙 宮藤官九郎 谷中敦(東京スカパラダイスオーケストラ) 劇団ひとり 大久保佳代子(オアシズ) BONNIE PINK 濱田マリ 武田真治 木野花 荒川良々 渡辺哲 山本浩司 土屋アンナ AI 山下容莉枝 山田花子 あき竹城 嶋田久作 木下ほうかといった実に重厚な顔ぶれ!

何も好きで嫌われていたわけではない53年の人生は、彼等を彩りとして(老いて醜さを晒す容姿とは裏腹に)松子の純粋な精神は子供時代のメリー・ゴーランドが回る原風景、天国の階段を上り家族と幸せに満たされた優しい時代へと回帰していく。ふと“美は乱調にあり”という瀬戸内晴美(現:瀬戸内寂聴)の本のタイトルを思い出し、涙腺が緩みだす。

詳細には敢えて触れない事にするが、自らの人生を肯定する方に是非この映画をお薦めしたい。経済的低迷による国家的混沌...国難が叫ばれる中であっても、一度しかない人生は素晴らしいものである。使うに容易く稼ぐに辛い我等の暮らしにも、僅かな活力や希望、そして一服の清涼感を与え、生き方に対する何らかの方向性を指し示してくれるのではなかろうか?

posted by まっぴら at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月03日

感染

大型の台風12号の関東直撃は免れたものの、厚い雲と時折のにわか雨に見舞われた1日でしたが、午後には雲の合間から抜けるような青空。兎に角、蒸しましたねえ。近隣の1級河川は上流の群馬の方でかなり降水量だったため、下流に位置する市内の小型橋梁は軒並み水を被り、各所通行止めの状態。この台風で被害に遭われた西日本の方々にはお見舞いを申し上げます。

返却物件があったのでレンタル・ショップに立ち寄りましたが、J・ホラーを何本か観てみようかと思い立ち、映画「感染」を借りてきました。監督は「パラサイト・イブ」、「催眠」の落合正幸監督。確かJ・ホラー・シアターと銘打って、「予言」と2本立てでしたっけ。

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【STORY】
経営危機に直面しながら、多くの患者を抱える古びた病院。給料は滞り、老朽化した発電機はトラブル続き。医師も足らず、医療器具も底をつき始め、運び込まれてくる急患にも対応できない。そんな時、突然、入院患者の容態が急変した。外科医の秋葉(佐藤浩市)、内科医の魚住(高嶋政伸)が急いで処置を施すが、些細な聞き間違えから、患者を死亡させてしまう。秋葉と魚住は、その場に居合わせた看護婦たちとともに事故を隠すことにするが、その時、救急入口に放置されたままの患者に、不気味な異変が起こり始める。

設備不備、給与遅配や過重労働による慢性的医師不足、新人教育の現場で起りえる医療ミスやカルテ改ざんなど、現代医療現場の問題点を鋭く突きながら、正体不明の伝染病患者の搬送による院内感染で、現実とも幻覚とも分からぬ世界に引きこまれていく過程は大変面白く描かれています。
罹患者は緑色の液体を垂れ流し、数時間で跡形も無く溶けていってしまう奇怪な病気。感染経緯は空気でも飛沫でもなく、実は“職業的的自責の念”といった意識を感染媒体とする奇怪な病原菌。治療に当たった看護婦を媒介し院内へと蔓延し、医療スタッフの誰が罹患してもおかしくない状況の中、赤(血液、赤色灯等)と緑(非常口灯)を反転させる映像手法は、見事の一言に尽きます。脳内の色彩判断が逆転する辺り、罹患の判断基準となるんですね。

しかし、本作の出演者:佐藤浩市、高嶋政伸、星野真理、真木よう子、南果歩、羽田美智子、木村多江、草村礼子、佐野史郎と大変豪華なキャストなんですが、グロテスク映像重視の方向に走ってしまったのが幾分残念なところ。かつての伊丹作品「スウィート・ホーム」で観たゴア・シーンもそうでしたが、“これさえ観せておきゃ、ホラー映画に間違いないだろ?”的な作り手側のごり押しに似た印象を感じてしまいます。
ホラー作品の背景としては申し分ない病院の設定とその映像化なのですが、作為的な人災とも怨みの霊の仕業とも言い難い元凶の曖昧さを、緑色のドロドロスライムで煙に巻いてしまっているような印象さえ受けました。罹患して脳乱した高嶋が、かつて安楽死させた患者(幻覚)のベッドに向かい土下座するシーンがありますが、止めに入る佐藤を襲うわけでもなく、懺悔しながらドロドロ垂れ流してしまっている。(笑)

また罹患者たるキャリヤーが、錯乱しながら排気ダクトを通じて院内を移動している意味もよく分かりません。「どこいら辺まで?」といった溶け方にも個体差があるし、他の患者を明確に襲って感染者を次々と増やしていく確固たる意思はないようだし。自責の念に駆られる罹患者の錯乱は「意思の喪失」なのか?「邪悪な意思の憑依」なのか?対する相手がまったく分からないので、ストレスが溜まる。

混乱するその周囲で、姿見の前で独り言を呟く痴呆老婆や、狐面をつけた少年(患者)など、映像として不気味に映るものの要素を片っ端から放り込んだ院内の闇鍋的世界観は、返って作品的軸足をロストしてしまっている。先の色彩反転など映像的にはシャープで面白い効果なんですが、観客を心理的にもう少し突っつき様があったような気がするんですけどねえ...。ちょっと残念な感想となりました。

こんな病院は絶対イヤだ!この映画から導き出される結論は一つ。
病院選びは慎重に。ご利用する時点ですでに無計画ってな感じ。
まあこればっかりは当たり外れ、運・不運もあるからなあ...。


posted by まっぴら at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月02日

ソラニン

視力の低下によるものか?最近とみに眼鏡の度合いが急激に合わなくなりまして、夜ともなると日中の疲れに加えて、眼精疲労から来る偏頭痛に苦しんでいます。仕事で汚したり、兎に角扱いが手荒いのが問題で、レンズに細かい掻き傷もかなり入ってしまっています。年内そろそろ買い替え時かなあ...?

DVDはね。昨日「ソラニン」という邦画を寝っ転びながら観ました。「随分と直球勝負の青春映画だなあ〜!」と思ったんですけど、これはヤング・サンデー誌に原作漫画が連載されていたそうで。最近は少年誌はおろか中綴じ青年誌をまったく読まないことから、予備知識がありませんでした。映画監督は三木孝浩氏。それまではミュージック・ビデオ関連のお仕事が多かった方のようでして、長編初監督作品がコレだとか。なるほど納得!

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【STORY】
自由を求めて会社を辞めた芽衣子(宮崎あおい)と、フリーターをしながらバンドを続ける種田(高良健吾)。未来に確信が持てず、寄り添いながら東京の片隅で暮らす二人。だが、芽衣子の一言で、種田はあきらめかけた想いを繋ぐ。
種田はバンド“ロッチ”の仲間たちと新曲「ソラニン」を完成させレコード会社に持ち込むが、反応のないまま日々は過ぎていく。そんなある日、種田がバイクで事故にあってしまう。遺された芽衣子は...。

役者さんは心鏡商売などと昔から申しますが、宮崎あおいちゃんは何でも快活にこなしてしまいます。やはり演技が上手いですねぇ。この作品は彼女の喜怒哀楽がはっきり描かれて、それが楽しめる映画となっています。歌は...お世辞にも上手いとは言えないけれど、一所懸命ですね。残念な胸元だが(苦笑)、汗ばんだウナジがステージライトに光って、これが実に美しい。「アヒルと鴨の...」ならぬ、「アヒルと猫とがん保険娘」の表情には不思議な吸引力があり、もし彼女が起用されていなかったら、概ね平凡な青春映画としてその評価は留まったと思うんですけどね。

ベース担当の加藤君はサンボマスターの近藤洋一さん。道理で演奏が上手いわけですな。「あれ?ソラニンって、サンボが楽曲を...?」 実はASIAN KUNG-FU GENERATION?む、難しいですな...。(苦笑) まあサンボはアニメ「海月姫」のED、アジカンは旧「ハガレン」のOPをやっていたから、辛うじてヲヤヂのボクでも知っている。ドラムの桐谷健太くんは、最近だと「JIN-仁- 完結編」で佐分利祐輔役を好演されていましたが、映画「BECK」や「オカンの嫁入り」にも出演されているそうなので、今度観てみようと思います。

一番驚いたのが事故死した種田の荷物を田舎から引き取りに来た父親役...。どこかで見た顔だな?って思ったら、チューリップの財津 和夫さん!が演じていたのが驚きでした。後で調べてみると映画やTV番組等で、結構俳優業をこなされているみたいですね。芽衣子の母役の美保純さん。熟練の落ち着いた演技が光ります。もっと多くの作品で観られるといいなあ。


レコード会社の新人開発を担当する冴木にはARATAさん。ボクは僅かに映画「プルコギ」ぐらいしか印象がないんですが、最後までクールな役に徹せられておられます。彼らのサウンドを商業ベースに乗らないと突っぱねていただけに、ラストはもうちょっと盛り上げてくれると嬉しいんですけど、これは原作もそうなのかな?

「ソラニン」とは、ジャガイモの芽に含まれる毒。正確にはステロイドアルカロイドの一種。

posted by まっぴら at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月31日

乱暴と待機

メディア・ファクトリーのCMスポットを観て、前々から興味があったのですが、レンタルですとまだ準新作扱いなのでなかなか借りられなかった映画「乱暴と待機」。
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劇作家の本谷有希子による同名原作を、「パンドラの匣」の冨永昌敬監督が映画化。木造平屋建ての市営住宅(社宅風味?)を舞台に、兄妹でもないのに狭い部屋で同居する男女、その近所に引っ越して来た夫妻の4人が織り成す淫靡で滑稽な物語。

カセットテープの編集マニア:山根を演じる浅野忠信の怪演が非常にいい。自らを「おにいちゃん」と呼ばせながらも実妹ではない奈々瀬(美波)を、“復讐の対象”として自宅に軟禁し、その動向を天井裏からピーピングするといった十二分の変態性を発揮する。

また兄に従順を装うがゆえ、髪を結わきクロブチ眼鏡を掛け、ねずみ色の地味なジャージ姿で慎ましやかに同居する奈々瀬は、逆に“メガネっ子”という萌え対象となっており、隣人の番上(山田孝之)の浮気心を否応無く引き惹きつけてしまう。美波さんという女優さんをいままで存じませんでしたが、なんでも蜷川幸雄氏の演劇で抜群の舞台度胸を披露してきたお方だそうで、今回屈折し捲くったキャラクターを見事にものにされているのに拍手喝采の思いでした。

学生時代、同級生であった奈々瀬に彼氏を寝取られた経験と持ち前の嫉妬心から、縁窓に自転車を投げ込んだり、臨月で破水しつつも夫の浮気相手に包丁を突きつけたり(驚)画面狭しと暴れまわる番上の女房:あずみ(小池栄子)のバーバリズムは特筆に値します(笑)が、よく考えるとこの映画のこのキャラクターが、世間一般常識的にも人間的にも一番マトモな役だったのが実に驚きなんです。

物語冒頭のあずみの台詞「あいつら...本当の兄妹なんかじゃないよ...
ここ、気持ち悪い!」 いきなりのリバース(嘔吐)!
ここで鑑賞者は、笑ったらいいのか?押し黙ったらいいのか...?



自らの腐(負)的属性により世間からカムアウトしながらも、生き様に不思議とブレを感じさせないのは、我等観客を取り巻く周囲も静かに歪みやズレを生じてきているからと考えられるかもしれません。時代はそれだけ混沌期を迎えておりますね。オフ・ビートながらも侮り難い問題作だった!と独断かつ偏見で勝手に決め付け、自らの至らぬ映画感想を強引にねじ伏せる8月最後の日でありました。(笑)
posted by まっぴら at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月30日

フィッシュストーリー

その昔、核兵器搭載爆撃機の墜落事故をブラック・コメデイとして描いた映画「魚が出てきた日 The Day Fish Came Out」というカルト・ムーヴィーがありましたが、「日本もようやくにしてこういう映画が出てきたな...」とまったくの早合点。「アヒルと鴨のコインロッカー」を手掛けた中村義洋監督が、再び伊坂幸太郎原作作品に挑んだ奇想天外なヒューマンストーリー。

fishstory.jpg

フィッシュストーリー」 http://fishstory-movie.jp/

【ストーリー】
1975年 早すぎたパンク・ロックバンド「逆鱗」は世間に理解されないまま解散へ向かおうとしていた。彼らは最後のレコーディングで「FISH STORY」という曲を演奏する。奇しくもパンク・ロックバンドの優:セックス・ピストルズ結成の1年前の出来事だった。

1982年 気の弱い大学生は「FISH STORY」の間奏部分に「女性の悲鳴が聞こえる」という噂を聞く。さらには出会った女性に「いつか世界を救う」と予言され・・・。

2009年 修学旅行中に眠り込んでフェリーに取り残された女子高生は「正義の味方になりたかった」コックと出会う。その直後、二人はシージャックに巻き込まれる。

2012年 彗星の衝突により地球滅亡まであと5時間! 街が静まり返るなか、営業中のレコード屋の店長は「地球が滅亡する日でも好きなレコードを聴いていたい」と、「FISH STORY」に耳を傾けている。

「FISH STORY」という曲の間奏には、なぜ1分間の無音部分があるのか?果たして、2012年地球は滅亡してしまうのか?時空を超えてすべてがつながった時、想像を超える爽快なラストがおとずれる!?

多部ちゃんの魅力と「アヒルと鴨のコインロッカー」の感動を再体験したくて借りてきたのだけど、正直ちょっと残念!な印象が拭えませんでした。作品のキモは4〜5世代ほど時系列を弄り、1曲の「FISH STORY」という曲(歌詞)で一つの流れに繋ぎ合わそうとする努力が見られますが、(伊藤淳史さん他・役者さん達の力演は他所に)捻りが乏しく、何処となく手前味噌で、もうひと.ふた捻りぐらい欲しかったかなぁ...?って感想を受けました。

点と点を繋ぎ合わせて線となっているのは確かに間違いないのだけど、その後半、点の座標を無理繰り引っ張ってきてこじつけているような気もするのですね。そういう不満気味のところへきて、曲の原題(書籍からの引用)である「FISHSTORY=魚の物語」は、劇中翻訳者の知識不足から、実は英語のスラング=法螺話の違訳であったのが分かると、その制作者の意図的かつ「ホラの寓話で観客をも誑かしたのか!」と妙な錯覚や失望さえ覚えます。そこから導き出された解答は、もう「なんであり」の開き直りしか残らない。

「何故そうなってしまったのか?」ではなく「とにかくそうなってしまったのだ!」という既成事実としての出発点が、今回は全部裏目に働いてしまった印象で、そのミッシング・ピースの発見、表現のたたみ掛けにおいては、文字通りバンド・ネームでもある「逆鱗」に触れかねない曖昧さを残してしまったような気がしてなりません。

伊坂&中村ワールド。好きな方にはたまらないこの作品の醍醐味は、免疫の無いボクにはちょっと駄目でしたね。時間の枠内、脈絡の糸口が掴めるまで、無塩の肴を舐めて続けていなければならない不快なニガリばかりが残ってしまいました。

「どうせ売れっこない...。」 「FISH STORY」を聞いた音楽プロデューサー:岡崎の呟くこの一言は、この映画作品制作に携わった者の自虐的な溜息に何処かLINKしていないだろうか?変に勘繰るボクには不思議とそう受け取れてしまい、素直に喜べないんだなあ...。

岡崎/レコード店店長(二役)を演じた大森南朋さんは、「龍馬伝」の武市半平太のイメージしか持ってなかったんだけど、かの方の姿を現代劇で観ると、その昭和的モッサリ感は、かつての東野英心さんを彷彿とさせられますね。「中学生日記」。

...いや!多部ちゃんの満面の笑顔を観れただけでも、この作品は高評価に値する。(笑)
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2011年08月29日

NANA -ナナ-

元々邦画は関心が薄かったので、劇場公開当時の過剰な商売っ気が鼻について、正直見向きもしなかった。その話題性が時と共に厭きられ、儲けへの気合が多少抜けてきた頃合いの方が、変な先入観が消えて割と冷静に見られるというか、素直に楽しめるというか...。世間のノリといった繁華の外で、ボクも変なところ冷めているせいか、他人にはあまりお薦めできない眇めな鑑賞方法だ。

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大谷健太郎監督作品「NANA -ナナ-」

これほどその映像化の賛否がハッキリ別れた作品も珍しい。漫画の実写化は昔から大変難しく、作品イメージを損ねると非難轟々。しかし単に「原作と違う!だからつまらねー!」と安易に書くと、そこで話題が帰結してしまい、他人との会話の架け橋を自ら焼き払ってしまう愚な行為だ。
原作通りに撮って「面白い」かどうか?は、個人差もあり、まったくの別問題。演出がどう以前に、まず映画と原作(漫画であれ小説であれ)は元々まったく別の媒体なのは周知でありましょう。非難した当人のカタルシスは一定の満足を得るのだろうが、その人とは話をしたいとまず思わない。このように文章は鋭利な凶器となる場合が多々あり、辛辣な映画批評の記事に触れると1日気分が悪い。

それでは本当につまらないので「何か褒められる箇所はないか?」と常に考える。一概に非難するより、実は褒める場所を見つける方が、観察力、文章力共に大変難しい。非常に消極的な意見になるが、原作やアニメ作品をなまじ齧らない方が、キャラに先入観なく楽しめるのかも知れない。幸いこの作品の原作漫画をボクは一切読んだ事が無い。

ナナを演じた中島美嘉さんは確かに原作キャラの容貌なり雰囲気をよく掴んでいる。(漫画の扉絵だけは知っている。)その迫力のある歌唱力は兎も角、録音マイクで拾い辛い声質が少々気になりました。また演技(お芝居)には無理がある。もっとも役者ではなく歌手の起用ですから、そこを突くのは流石に酷でしょう。クールさの割には妙に華奢な体つきを見てふと思ったのだが、中島さんはこのナナを演じる上で、その実大変な背伸びが要求されたのではなかろうか?

もう一人の奈々(ハチ)を演じる宮崎あおいちゃん。恋愛が盲目になりがちで、ふと「君に届け」の胡桃ちゃんのキャラクターと被ったのだけど、彼女のような狡猾さは無く、むしろ世話を焼きすぎて相手にうざったがられる“疲れる駄目子女”を好演していると思います。やはり芸達者!友情、愛情、更に+αの部分がひどく上手い。

しかし原作世界に近づけようと努力した割には、新旧バンド・メンバーの結束やら連帯の描きこみは、残念ながらかなり薄い印象を受けます。一旗組として都合よく集まってきて、なんとなく流れでワイワイ騒いでいるような印象。新メンバー:シン役の松山ケンイチ君の起用が少々勿体無い感じすらする。ナナの彼氏のレン(松田龍平)であれ、ナナ同士が同居する707号室での生活感もかなり希薄さゆえ、彼らの友情・人生観も全てにおいて形而上のポーズというか?ひどく薄っぺらい印象を受けるんです。
またパンク・バンド:ブラスト(BLACK STONES?)の演奏シーンも、劇中1曲だけじゃ淋しいねぇ。EDではそのシーンのただのリフレイン映像だ。同じでも2カメぐらいで撮影し、編集したり画角を変えたり、多少なりとも変化が欲しいよね。ライブ・シーンを2カメ、3カメで撮ったって、別に映画会社や事務所同士の話し合いにはならないでしょ?(苦笑 

かなり引き算的な感想ですが、決して嫌いじゃないぜ。この映画。
キャラ達のその後、コミックス等、この続きが観たくなった限りでは、まずまずの成功を収めたと思うのは早計か?

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2011年08月25日

Bram Stoker's Dracula

古い映画のレヴューになります。ゴシック・ホラーの様式美に妙に感心してしまい、未だに大好きな映画の一本なんですが、DVD購入に際してはタイミングばかり逸しています。この映画とマイケル・マン監督の「マイアミ・バイス」は不思議とそうなのだ。欲しいとき店頭に無かったり、見かけた時に運悪く財布に持ち合わせが無かったり...。「神よ!これがあなたのために戦った私への仕打ちかぁーっ!」 神に愛されず冥府魔道に堕ち、血を糧に400年以上生きながらえているドラキュラ伯爵(ヴラド公)ですが、ボクはDVD発売当初からこのドラキュラに愛されていない。彼の嫌いなニンニク臭は思い当たらないんだが、やはり加齢臭...?(笑

Bram Stoker's Dracula.jpg

フランシス・フォード・コッポラ監督作品「ドラキュラ」。
正しくはブラム・ストーカー原作小説に基づいた映画化なので
Bram Stoker's Dracula」。

映画はホラーというより恋愛劇...ロマンティック・ホラー?ホラー・ファンタジー?に傾いでいますが、怪優:ゲイリー〈この世のアッチ側〉オールドマン、ウィノナ〈万引娘〉ライダーを始めとし、まだ手垢に染まっていない頃のキアヌ・リーブス、名優:アンソニー・ホプキンスと豪華なキャスト、石岡瑛子デザインによる豪華絢爛な衣装、荘厳な装飾で1993年の第65回アカデミー賞で、衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、 音響効果編集賞受賞。美術監督賞、美術装置賞の2部門ノミネートされました。冒頭イスラム勢力と戦うヴラド公の赤い甲冑は、なんだか平成版仮面ライダーの着ぐるみのような造形で面白い。(笑)

今見直してみると、画面構成は舞台美術の味濃さというより、どことなくマンガチックにカメラ・フレーム内に体よく納めてしまってるという印象。背景に刺激色を配し、レンズ・フレアなど盛んに取り入れています。コッポラは台本の言語的要素を映像に置き換えて編集していく手法...所謂エイゼンシュテイン・モンタージュの使い手でありましたもんね。この頃は演出力の盛りは衰えを見せ始めたものの、撮影におけるスキル自体はまだ健在だったように思います。
ただトランシルバニアに向かう汽車のシーンは、いまいちスケール速度が合ってない為、どう観てもちゃっちいミニチュアで(笑)「ワン・フロム・ザ・ハート」で見せたベガスのミニチュアを思い出して、クスリとさせられてしまう。
あっ!「ワン・フロム・ザ・ハート」の音楽を担当したシンガー・ソング・ライターのトム・ウエイツが、ルーシーの婚約者:R・M・レンフィールドの役で出演。またドラキュラの花嫁を演じた女優が、あのモニカ・ベルッチだった!のを、今回の鑑賞で初めて知りました。(笑)

最近は家族サーヴィスの為にと、おとなしい役柄を選んでいるというゲイリーオールドマン。この頃の怪演は語るに及ばずですが、アンソニー・ホプキンスが演じたヴァン・ヘルシング教授の方がよっぽど恐怖を感じます。「羊たちの沈黙」のレクター博士のイメージがあまりに強すぎますから、グルカ・ナイフでいとも容易くドラキュラの下僕の首を斬り落とすシーンを観ても、ああっ!この人なら実生活でもやりかねないな!ねえ。と妙な納得の仕方をしてしまいます。(笑)

後年の映画作品になりますが、ヒュー・ジャックマン出演の「ヴァン・ヘルシング」と記憶が混同し、内容が大きく被ってしまっていたので、今回見直して良かったなあ。ブルーレイも発売されているようですから、是非コレクションに加えるべく根気よく探してみる事にします。

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2011年08月24日

呪怨 白い老女

呪いつづけて、10週年。...ううっ!祝ってやる....。

〇 呪ってやる
× 祝ってやる

原案・監修:清水崇 、プロデューサー:一瀬隆重、監督・脚本:三宅隆太
呪怨 白い老女

shiroiroujyo.jpg


最初の劇場版、次にOV版と順こそ違えたが、その強烈なインパクトで震え上がって観た記憶があるんですが、「〜2」、更に海外に進出したりと、いっ時のJ・ホラーは飛ぶ鳥を落とす勢いでしたね。
母子の怨霊:伽椰子と俊雄の呪いの連鎖は、NEWキャラクター“バスケット婆ちゃん”を登場させるに到りますが、その新規解釈、その映像化は今回見事に滑っているような気がします。
新しい住人を拒む中古住宅に端を発した呪いの連鎖は統一性が無く、(オムニバス形式も災いしてか)闇雲にすれ違う程度の関係ない人々を巻き込んで、ただただ迷惑至極な印象ばかり感じます。

今日日ね。新築住宅だって、たかが10年保障よ。

味の吉牛だって創業122年。歴史で売るにはまず浅い!

対となる作品「〜黒い少女」はレンタルするべきか、せざるべきか、
どうしようかなあ?これ...。

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2011年08月23日

プラネット・テラー

仮にも四肢欠損ネタをこうも正面きって見せつけられると、流石にまずいんじゃないか?と思うのだけど、中世から近代にかけて見世物小屋の歴史的延長線上に劇場があり、映画があり、刹那的快楽と映像的刺激のポップコーン・ムーヴィーを上映したグラインドハウスもあるわけでしょ。
“人が観たいのはその人の美に在らず。実は醜にある”なんて意地悪い格言もありますし、まあ香港カンフー101匹ドラゴンの不幸なる珍種「片腕ドラゴン」とか、先のヴェトナム戦争後遺症映画「ローリング・サンダー」とか「サンダらない」とか「サンボーダイ」とか、身体能力得失点差を克服する逆境系バトル・ムーヴィーへのオマージュも含まれているんだろうね。パラリンピック宜しく、パラネット・テラーの方が適切なのかも...?

planetterror.jpg

ロバート・ロドリゲス監督作品「プラネット・テラー」。

銀幕の中に低級映画館の雰囲気まで再現してしまう。物語のボーンはゾンビ映画ですが、何でもあり笑いありで馬鹿馬鹿しさは極めつけ。鑑賞者は正味105分ばかり、何か心の奥底に秘めたる大切なものを犠牲にすると案外楽しめる。(笑) しかし公に感想を語るに値しないクソ映画で、環境再生程度にはちょうど良い作品。おいそれと真面目に語ろうもんなら、ビョーインまで猿轡。その人間性まで大きく疑われちゃうかも。

【STORY】
テキサスの田舎町のある夜、J.T.(ジェフ・フェイヒー)のバーベキュー・レストランにやって来たゴーゴーダンサーのチェリー・ダーリン(ローズ・マッゴーワン)は、元恋人の解体屋レイ(フレディ・ロドリゲス)と再会した。その頃、軍の部隊長マルドゥーン(ブルース・ウィリス)と生物化学の科学者アビー(ナヴィーン・アンドリュース)の取り引き中に、生物兵器DC2(コードネーム「プロジェクト・テラー」)のガスが噴き出してしまう。町中にDC2が拡がり、感染者がゾンビと化して人々を襲い始めるのだった。

面白いなあ!と感じたのは、一部「デス・プルーフ」と登場人物が被る事。先のグラインドハウス...「デス・プルーフ」と対になる映画作品。劇場公開時は「〜in グラインドハウス」と銘打ち、2本立てで公開でしたっけ。

マーリー・シェルトンが演じるダコタ・ブロック医師や、テキサス・レンジャーのアール・マックグロウ(マイケル・パークス)は「デス・プルーフ」本編でもその登場人物として出演しています 。あれっ?“アール・マックグロウ保安官”って、過去R・ロドリゲス作品の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」では、そのままの役で登場しているじゃないか!あっ!タランティーノの「キル・ビル」に登場した保安官も確かそうじゃないか!彼らの持ち回りキャラなのか?(笑) これは本編のみならず、タランティーノ&ロドリゲスのフィルモグラフィを通して観ると案外面白い発見があるかも知れません。

またトロ副保安官役には、「ゾンビ」のメーキャップ、スタントマンで名を馳せたトム・サヴィーニ。やはりロドリゲス作品の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」においては、“股間拳銃”でお馴染みの“セックスマシーン”を演じています。自らがバラバラにされる人体破壊シーンは楽しそうに手掛けていますね。悪しき軍隊を率いるマルドゥーン中尉を演じたブルース・ウィリス...。すいません。その出演はあんま意味無しです。出演をオファーされたのか?自分で出演したがって積極的に売り込んだかのか?その辺りが彼のお茶目な人物像を知る上で(笑)大変気になります。

DVDにはグラインドハウス的演出として架空の予告編:アクション映画「マチェーテ」が収録されていますが、近年本当に劇場公開映画として製作されちまった!ロドリゲスは元女房の従兄弟:ダニー・トレホを主役として担ぎ出し、どこまで悪ノリを繰り返すのか?

しかし右膝下に装着したM-203グレネード・ランチャー付M-16A2アサルト・ライフル。どうやってトリガー(引き金)を引くんだろう...?義足代わりにして、銃口に泥や小石やは詰まらないのか?この装具も錬金術も決して万能じゃないんだ。ねえ!兄さん?(釘宮調
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2011年08月22日

デス・プルーフ

ロア・アームの発注・交換が思いのほか早く済んだので、ボクのクルマが戻ってきました。交換前部品であったロア・アームを見せていただきましたが、問題のロール・ジョイントは経年劣化で摩滅して一回り小さくなっており、受け側の穴もガバガバになっていた。給料日前の修理代金:参萬両は痛かったなり....。
代車であったSUZUKI・アルトともお別れとなりましたが、久々にミッション車・シフト・チェンジの感覚を堪能した左手が喜んでいます。クルマを引取りがてら、この映画を借りてきてしまうのは、流石に悪趣味か?

deathproof.jpg


クエンティン・タランティーノ監督作品「デス・プルーフ
第60回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に選ばれ上映されたそうですけど、時系列を弄くってみたり、毎度その試験的作風が、いい加減鼻についてきた印象がある。

ボクはそもそも“グラインドハウス”自体を理解していないもんですから、随分「コンディションの悪いフィルムからDVDを起こしたなあ...」と早合点していましたが、要は70年代のB級映画2本3本立て上映した低級映画専門映画館に対する彼流のオマージュで、フィルムの傷、熱や褪色による赤焼けや溶け、リールのダブり、「プチプチ」といった飛びによる画像ノイズ、音割れをあえて再現したという、相変わらず自らの映像教育...その育ちの悪さ、仕込みの悪さを露呈しつつ、それをしっかり逆さに取って売り口上にした、マニア泣かせのかなり凝った演出。
本来「スピード・レーサー(米版:マッハGoGoGo)」の映画的良心を目指したいところなんだろうけど、そこはタラちゃん!バリー・ニューマン主演のカー・アクション「バニシング・ポイント」やピーター・フォンダ&スーザン・ジョージ主演の「ダーティー・メリー クレージー・ラリー」辺りの作品世界、そのダークネスさをパックマージュ(パクリ)するしか道がないんでしょうね。...しっかしボンネットの骸骨...ダサいなあ〜。(苦笑)

カースタントのため車内ロール・バーを配置し耐死仕様(デス・プルーフ)とした69年型ダッジ・チャージャーや、70年型ダッジ・チャレンジャーがガラン!グシャン!と、あら勿体無い!

それ以外は取り立てて感想ないんだよね。端から安っぽい仕上がりの吐き捨て映画を意識してるわけだから。(笑) 

車のボンネットの上で見事なスタントを見せるゾーイ・ベルは、「キル・ビル」でユマ・サーマンの代役をこなした女性。スレンダーな本家よりムッチムチのボディがボンネットの上でのた打ち回るのは見物ですが、恋の鞘当でサーマンに体よくあしらわれたタラにとっての“代用品”の様な気が...。(笑)

この映画はサントラが欲しい。1964年、フランス・ギャルがHITさせた「Laisse tomber les filles」(「娘たちにかまわないで」)をカヴァーした、エイプリル・マーチの「Chick Habit」のギザギザしたサウンドが映画内容と相俟って女三人姦しい。「狩られるのはアンタの番よ!」とばかりに殺人鬼:カート・ラッセルはフルボッコ。ウエスタンブーツによる彼の顔面を見舞った強烈なネリチャギ(踵落し)は流石に痛いだろう。げに恐ろしきはオンナ...。(汗

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2011年08月21日

アヒルと鴨のコインロッカー

本屋で広辞苑を盗まないか?

正直「なんて映画だ?」と思い、眉を顰めた。その愉快犯にも似た行き当たりバッタリ感に失望を覚えた。“青春”という言葉を免罪符にガキ・セーネンの奔放やら無軌道ぶりを期待した映画ではなかったのに...。

ahirutokamono.jpg

しかしね。第一印象や先入観を逆手にとった作風は面白い。丹念に計算されたプロットの勝利。しいては映像化不可能とされた原作の勝利。
大学入学のために仙台へ引っ越してきた新入生:椎名(濱田岳)の目から見た、アパートの奇妙な隣人たち(河崎、琴美、ブータン人留学生:ドルジ)の不可思議な友情。話は何故か本屋襲撃から、2年前世間を震撼させたペット殺し猟奇事件へと流れ込む。

難解な喜劇的作風で始まるこの映画は、登場するキャラクターや物語の進行方向がよく見えず謎が謎を呼び、当初は少々かったるい印象を受けましたが、中盤以降、新たな登場人物を加えて再構成され、時間軸が反復する。物語の縺れた紐が解れてくると一気に作品世界にのめりこみ、作品のテーマソングであるボブ・デュランの「風に吹かれて」の流れる中、そのラストは思わず目頭が熱くなりました。客をいきなり突っ放した様な演出が実にクール。青年が死を賭けて助けようとしたあの柴犬は無事だったのだろうか?

アヒルと鴨のコインロッカー」 これイイ映画ですね。


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2011年08月19日

少年メリケンサック

この映画で描かれているパンクに限らず、「バンド物作品はついて行けっかな?俺?」と心配したのだけど、充分楽しめました。いや大変面白かったなあ!
宮藤官九郎監督作品「少年メリケンサック」。 
宮藤さんは近年の映画では「なくもんか」の脚本家さんでありましたか!

shonenmerixensack.jpg

【STORY】
レコード会社の新人発掘担当として働くかんな(宮崎あおい)はある日、ネットで絶賛されているパンクバンド「少年メリケンサック」を偶然発見、スカウトのためにメンバーを訪ねる。ところが「少年メリケンサック」は25年前に既に解散しており、当時のメンバーは秋夫(佐藤浩市)をはじめ、現在は人生の落伍者の典型のような中年オヤジばかり。 一方少年メリケンサックのネット上での人気は高まるばかりでライブツアーも決まってしまう。会社の稼ぎ頭であるカリスマシンガー・TELYA(田辺誠一)の傲慢ぶりを牽制しなければならないこともあり、かんなはダメ人間ばかりのバンドを復活させるべくマネージャーとして奮闘することになる。

主題歌「ニューヨーク・マラソン」は、物語後半ボーカル:ジミー(田口トモロヲ)の呂律が直ってくる(?障年目当ての偽装?)に従って、歌詞内容がはっきりしてくるのだけど、あの歌詞はTV放映では流石にヤバイだろう?大丈夫だったんだろうか?(放映したかどうかはよく分からんが....。) 農薬飲ませろ〜♪や撲殺!撲殺!ボクサツ〜♪もさることながら、エンディング・テーマの「守ってあげたい(作詞・作曲:松任谷由実)」を、向井秀徳さん&峯田和伸さんが調子っ外れにカヴァーするなど、笑いどころが満載。

宮崎あおいちゃんはこの映画でNHK大河「篤姫」のイメージから見事に脱却されましたけど、顔に牛糞をぶつけられたり、時田社長(ユースケ・サンタマリア)に胸触られたり、何か大事な物まで犠牲にしていないか?(笑) それ以上にステージで暴れまわる少年メリケンサックを傍目に、静動がはっきりしないマネージャー役の演技はさぞ難しかっただろうねぇ。御苦労様でした。あっ!新作は元将軍家で元御亭主の堺雅人さんとの共演とか!楽しみにしておりますぞ。

主だった登場人物の性格は粗にして野にして卑!終劇に到るまで無軌道にして破天荒なノリでしたが、音楽とも騒音とも思えるスコアの隙間に、邦画の良心のようなものが微かに感じられる作品でしたよ。個人的には佐藤智仁さんが扮した秋夫の息子...彼のキャラと父親の秋夫との間で、続編の話が一本作れないだろうか?是非続編が見たいなあ...いや、まず無理だろうなあ...。さらに25年待つのかなあ?(苦笑

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2011年08月18日

ローリング・サンダー

納戸を整理していると、TV洋画を録画したビデオが大量に出土しまして。ブルーレイのデッキの好稼動に、ここ数年来ベッドの下に打ち捨てられていたVHSビデオ・デッキがまだ微かに息をしている!久しぶりにジョン・フリン監督の「ローリング・サンダー」を観てしまいました。ヴェトナム帰還兵を扱ったヴァイオレンス映画ですが、ある意味「タクシードライバー」のトラヴィスよりもっと病んでいる...。

Rolling Thunder.jpg

妻子を殺され、抵抗の代償としてキッチン・シュレッダーで右手を失う羽目になった“街の英雄=ヴェトナム帰還兵”が、鋼鐵の鉤爪を持つ義手を装着し、彼を慕うウエートレスを強引に引き連れて旅に出る。メキシコへと越境し、犯人達を探し出しては血祭りに上げていく。 決していい男ではない主人公:レーン空軍少佐(ウィリアム・ディベイン)...「がんばれベアーズ」ぐらいしか印象がないんですが、喜怒哀楽の欠落した表情と、「武器」として研ぎ澄まされた「義手の爪」がどことなくリンクして、殊更印象に残ります。愛する者を亡くした代償に、戦闘義手を手に入れた彼の果てしなくナルシーどっぷりの映画ですね。しかしアクターとしてそのフィルモグラフィのあまりの薄っぺらさに、普段どうやって生計を立てているのか?要らぬ心配をついしてしまう俳優...
うっふっふ!(含笑) つい含み笑いしてしまうその理由は、ディベインの声をアテる淡々とした口調の声優:田中信夫さんは、NHKBSプレミアムで現在放映中のアニメ「へうげもの」で、千宗易(利休)のCVを担当されているのでした。

武か!運(ツキ)か!それが問題にて候。

安息を求めるウエートレスとも別れ、後半一緒に本国に送還されたかつての部下:ジョニー伍長(若き日のトミー・リー・ジョーンズ!)が復讐の片棒を担ぐ事となりますが、目配せで指図を送り意志の疎通をスムーズに取り付ける辺り、あ!明らかにこの二人はヴェトナム捕虜収容所時代に同じカマの臭い孔を掘りあったおホモだち揺れるハート
冗談はさて置いても、彼も含めてこの映画の登場人物たちは古き良きロンサム・カウボーイの生き残り。

合衆国は複数の移民を抱える国でありながら、戦争で邪さを培ってしまった鋭い視線は、アジアはおろか隣国メキシコの持ち込む犯罪はおろか多文化主義すら否定する。どこまでも病んでいて「最後まで血で購ってしまう」救いようの無い内容だけど、何処かに今で言うロード・ムーヴィー臭。昔ならばアメリカン・ニューシネマ特有の、「彷徨う」余韻がまだ残っていて、観終わった後のかったるさが案外心地よかったりします。
「ヴェトナム戦争後遺症映画」というと、愛国者スタローンの「ランボー」以降、それこそ星条旗の星の数以上、世に送り出されたけれど、この映画と、ニック・ノルティの「ドッグ・ソルジャー」は未だに好きな暗〜い暗〜い「ヴェトナム戦争後遺症映画」なのでした。

70年代映画を果てしなく愛するタランティーノ監督がこの映画の権利を持ってるらしいですが、「失笑気味のオマージュ作品は撮らんでいいから、早よこの映画のDVDやブルーレイを出せや!」って感じです。(笑)
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2011年08月17日

ハチミツとクローバー ~恋に落ちた瞬間~


Honey and Clover.jpg

ハチミツとクローバー ~恋に落ちた瞬間~

羽海野チカ先生によるコミック作品、ノイタミナの枠で放映されたアニメ作品は未見ですが、これはいい映画ですねえ〜。甘酸っぱ系の青春映画、つい見入ってしまいました。この作品と本広克行監督作品の「サマータイムマシン・ブルース」は近年忘れられない邦画の一本になりそうです。

はぐちゃんを演じる蒼井優さんは清楚にして可憐で実にいいねえ。山田あゆみ役を演じる関めぐみさんも、前髪を下ろすと劣化した菅野美穂のようですが、非常に存在感がありいい役柄だった。また劇中唯一の個性派:森田忍を好演した伊勢谷友介さんも実に初々しく...旅館のカレンダーを破り、裏に醤油で龍を描く件は驚きました。スポンサーである藤原ルイジ(兄)、マリオ(弟)の“ブラザー”も、分かっちゃいるけどついつい笑っちゃう。アニメの実写化作品の場合、起用された役者の個性が突出してしまうことから、作品世界を完全再現する事はとても難しいそうなんだ。

ボクが一番気に入ったのは、建築家志望の竹本祐太(櫻井翔さん)と、宮大工の棟梁(中村獅堂)の交錯するシーンでしたねえ。おおっ!獅堂さん、抑えたいい役やってるじゃん!邦画作品も時々こういう映画に逢いたいね〜。コミック、アニメ、TV放映版、台湾版「蜂蜜幸運草」は元より「ハチクロ」のコアな世界は知るよしもありませんが、細かい事はまあいいじゃなイカ!もっか大満足でありました。(*^∀^*)
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2011年08月16日

隠し剣 鬼の爪

イカ飯いぃ...。否!その厳しいタイトルについつい身構えてしまうが、流石、名匠:山田洋次。藤沢周平原作の時代小説:海坂藩サーガ。(笑) その剛直にして直球たる武門の賦を、最後まで厭きさせずに魅せ切ってしまう、当代きっての寝業師。

「隠し剣 鬼の爪」

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【STORY】
時は幕末、庄内・海坂藩の下級武士・片桐宗蔵(永瀬正敏)は、かつて自分の家に奉公していたきえ(松たか子)が嫁入り先で虐げられていることを知り、その身柄を預かった。しかし世間の目は冷たく、やがてきえは宗蔵のもとを去っていく。そんな折、謀反の罪で投獄されていた友人の狭間弥一郎(小沢征悦)が脱獄。家老の堀(緒形拳)は、非情にも宗蔵にその征伐を命じた…。

永瀬正敏さんは袴姿でありながら、古びたジーンズでも突っかけたように、ぼそぼそと歩かれます。肩幅も目立って無い事から侍としての貫禄が妙に乏しい。しかしこれが案外下級藩士の姿としてはリアルな実像なのかも知れませんな。
物語の展開は前作の「たそがれ清兵衛」と非常によく似ていますが、時代は清兵衛が闊歩したであろう幕末と微妙に被るんでしょうか?出世とは縁の無い下級藩士を“因縁”と“主命”という形で、白刃の下に放り投げたのは前作同様の展開ですが、どちらかというと武家に奉公する下女との身分違いの恋、淡い恋愛劇に比重を重く置いている。で、刃傷もさることながら(笑)監督お手の物の人情劇。主人公の周囲の取り巻き一人一人が、各短いシークエンスの中、コミカルながらも圧倒的説得力を持って確実に息づいており、これが実に嬉しくも面白い。
また“ご無理ごもっとも”といった武家社会への痛烈な批判も描かれています。傲慢な家老;堀将監を演じた緒方拳さんの姿を観たとき、憎々しげな役柄とは別に、ちょっと涙が浮かびましたよ。改めて、日本映画界は不世出の至宝を失ってしまったんだね。

主人公:片桐宗蔵や狭間弥一郎の師匠であり、海坂藩の元剣術指南役:戸田寛斎(田中泯)から伝授された“隠し剣 鬼の爪”は、いささか小手先でトリッキーな感じがしましたが、昔の武芸はありとあらゆる物を得物とし、それに師承制度や秘伝・口伝等(密教の影響と思われる)を盛んに取り込んで、世間に重々しく権威装飾したことから、これはこれでいいんでしょうね。必殺仕置人みたいで、劇中のヒエラルキに疲弊した心中のモヤモヤがスッキリする。(笑) 
しかしカメラが回っている時に田中泯さんの見せる凄みは、役者というより修験者のそれ!「たそがれ〜」や「龍馬伝」での吉田東洋役もそうでしたが、なんという説得力を持つ演技者なのだろう。もっとも本来は演舞者でありますが...。

前作からの流れですと、海坂藩は官軍に最後まで抵抗した藩として設定されていますが、時代の奔流に激しく抵抗し藩と士道に殉じた井口清兵衛とは違い、宗蔵は禄を返上し新天地たる北の地へと去っていった。ポジティブな方向に働いた、まったく別の「たそがれ清兵衛」。紛う事無くその血脈の一人だと思います。昔誰かが書きましたが、やはり未来は明るい方がいい。

【本日の結論】
劇中の松たか子がいい女過ぎて、生きてるのがつらい...。
(T^T)

「ヒロイン」と言えず、寅さん宜しくつい「マドンナ」呟いちゃう。これは世代的悔しさだねぇ。(笑)
posted by まっぴら at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする