2011年07月24日

宮廷画家ゴヤは見た

Goya's Ghosts.jpg

レンタルDVDで映画「宮廷画家ゴヤは見た」を観た。(笑) 
製作:ソウル・ゼインツ、監督:ミロス・フォアマンなんていうと、あの「アマデウス」の重厚さ!主演が先の「ノーカントリー」で殺人鬼“シガー”役でインパクトを与えた「ハイスクール奇面組」のようなハビエル・バルデム。それと「ブラック・スワン」のナタリー・ポートマン共演で描いた歴史ドラマ。
スペインを代表する画家:フランシスコ・デ・ゴヤを演じるのはスウェーデン出身の俳優:ステラン・スカルスガルド。「存在の耐えられない軽さ」に始まり実に芸達者なアクターですが、今回この人演じるゴヤは画家の視線に留まらず、自らのタブローとなった修道士と少女のスキャンダラスな愛の行方を通じて、異端審問からフランス革命、ナポレオン戦争、独立戦争に揺らいだ動乱のスペイン史を鳥瞰している。この作品のステラン・スカルスガルドのいでたちや背格好は、どことなくハーヴェィ・カイテルとキャラが被ってるような気がしますねぇ。

【STORY】
1792年マドリッド。スペイン王室の宮廷画家:ゴヤ(ステラン・スカルスガルド)は、依頼を受け修道士:ロレンゾ(ハビエル・バルデム)の肖像画を描いていた。ロレンゾは、隠れ異教徒を探し出しては異端審問にかけることで、失墜しかけているカトリック教会の権勢を取り戻すべきだという提案をしていた。ロレンゾの提案を採用した教会は、早速被疑者たちを捕捉しはじめる。その中には、食堂で豚肉を食べなかったというだけでユダヤ教徒の疑いをかけられ捕らえられたイネス(ナタリー・ポートマン)もいた。イネスは富裕な商人ビルバトゥア家の美しい娘で、ゴヤの絵のモデルでもあった。ビルバトゥアは友人でもあるゴヤを介してロレンゾを家に招待し、無実の娘を返してほしいと懇願するが…。



ナタリー・ポートマンがこんなに演技派だとは思わなかった。異端審判の拷問に全裸で望む幽閉劇は15年後に時を移し、母、獄中で出産した娘の一人二役を実に華麗に演じきる。美しい娘もさることながら、入獄期間中の精神的重圧で廃人と化したイネスの役作りは、女優としての美しさをかなぐり捨てて“女パピヨン”を見事に演じきっています。ハビエル・バルデムなんて味と演技の濃い役者を起用しているにも関わらず、彼女にすっかり喰われちゃっています。これは凄かった!しかしミロス・フォアマンって「アマデウス」のサリエリの時もそうでしたが、精神系養護施設の描写を描くのが好きな監督だなあ...。

そういえばナタリー・ポートマンといえば、極めて楽天的な生理のようで「ブラック・スワン」で共演したフランス人振付師のべンジャマン・ミルピエとデキ婚のニュースがありましたが、彼女が映像化の権利を買い取ったというジェイン・オースティン、セス・グレアム=スミスの「高慢と偏見とゾンビ Pride and Prejudice and Zombies"」の製作・主演の話はどうなったんだろう???顎を曲げぎこちない足取りの今回の廃人役は、やたらゾンビ映画を意識したような気もしたんですが、きっと育児の面倒でゾンビと素手で闘うどころではないんだろうなあ。(笑)

PrideandPrejudiceandZombies.jpg
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2011年07月23日

「グラン・トリノ」に学ぶ意固地術

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映画「ミリオンダラー・ベイビー」を観た際に、「もう勘弁してくれ!」と心の中で悲鳴を挙げた。クイント・イーストウッドが病み呆けた白文鳥のように老いていく様をこれ以上観たくなかったから。いやはや今年で御歳81歳になったそう。この「グラン・トリノ」は都合が合わず劇場では見逃した作品でありましたが、先の理由もあったことから何れは観てやろう...と心に秘めたまま、なんとなくボンヤリ今日まで過ごしてしまいました。
もっともこの作品を彼の俳優業最後の仕事と位置づけたそうで、映像媒体で演技者としての彼の勇姿を観るのはこれが最後と思うと、ショーン・コネリーの時以上にやはり寂しい。でもこれ以上は老害。
この作品で彼は朝鮮戦争の元軍人:ウォルト・コワルスキーを好演しましたが、彼のフィルモグラフィにおける戦争映画「ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場」の古参兵トム・ハイウェイ軍曹の後日談のような印象を受けました。しかいイーストウッド自身も朝鮮戦争に従軍歴があることから、ほぼ彼の分身であり、等身大のキャラクターなのでしょう。それにしても周囲に妥協の無い恐るべき程頑迷な老人を演じています。世間に遠慮会釈といった分別が無くなる歳なんでしょうか?それにしては格好良過ぎで、ボクもこのような爺に憧れる。

よし!ボクも年老いたら、親族の態度に憤り、
 言葉の揚げ足をいちいち取り、事ある毎に薄汚く罵ろう!

機嫌を損ねたら、辺り構わず唾を吐き散らかそう!

トロいヤツはここぞとばかり弄り倒したい!

自宅に芝生は無いが、隣人は常に泥棒呼ばわりだ!

腰に片時も肌身放さず軍用の45口径を引っさげるのも忘れない。

でもボクのボロ車を貰ってくれそうな輩はきっと誰もいない。(笑)

【STORY】
フォードの自動車工を50年勤めあげたポーランド系米国人、コワルスキーは、愛車グラン・トリノのみを誇りに、日本車が台頭し東洋人の町となったデトロイトで隠居暮らしを続けていた。頑固さゆえに息子たちにも嫌われ、限られた友人と悪態をつき合うだけの彼は、亡妻の頼った神父をも近づけようとしない。コワルスキーを意固地にしたのは朝鮮戦争での己の罪の記憶であり、今ではさらに病が彼の体を蝕んでいた。

その彼の家に、ギャングにそそのかされた隣家のモン族の少年タオが愛車を狙って忍び込むが、コワルスキーの構えた銃の前に逃げ去る。その後なりゆきで、タオやその姉スーを不良達から救ったコワルスキーは、その礼にホームパーティーに招いて歓待してくれた彼ら家族の温かさに感じ入り、タオに一人前の男として仕事を世話してやることになる....。

この作品に登場するモン族というのは、中国西南からタイ・ミャンマー・ラオス・ヴェトナムに分布する少数民族:苗族(ミャオ族)のことですね。アメリカはアジア系移民を70年の長きに渡り禁じてきた移民法が1965年に改正されたが為、中国・韓国から大量の移民が流れ込んできて、70年代に入るとインドシナの共産化によってラオス・ヴェトナム・カンボジアから更に大量の政治難民が流入しました。これは移民法改正以前の6倍強の人口になったそうで。モン族の場合、合衆国に渡米したの40.000人以上、2006年の調査ではこの2世・3世の人口が約21万人(!) 当然そのほかにクーデターなど政治的月経を繰り返す中南米・イスラム諸国など亡命者人口もあるわけですから、このため白人は都市郊外へと押しやられるようになり、都市部は非白人の人口が占める様になったと聞きます。もはやマイノリティではないんですね。都市部で混合したエスニシティ・民族的伝統は文化多元主義を生み、彼等はアメリカ人でありながら独自の文化を持つ事になります。

自分らは神に選ばれた神の子であり、神の示し給う土地に定住する敬虔なるキリスト教徒にとってはこれは面白く無い事でしょう。差し詰めジョン・フォード監督作品だったら異教の兇族として、ただ討滅の対象として彼等を描くことになったでしょう。
イーストウッドの映画の面白いところは、あくまで文化の壁を乗り越えたヒューマニズムを念頭に置きながら、演技者である自らは劇中それらに眇めな視線を持つ者として意地悪く振舞うこと。「ダーティー・ハリー」におけるメキシコ人の相棒に対してもそうだった。(笑) 絶えず彼等と反目を繰り返しながら、次第に心の底で互いのアイデンティティーを認め合っていく事。この方の師匠筋であるセルジオ・レオーネ監督やドン・シーゲル監督ではなく、職人監督:ロバート・アルドリッチによく観たスタイルだ。

チンピラ達の襲撃に“やったらやり返してやる”というビジランテの精神が、アメリカ開拓史的伝統として頭をもたげ始め、コワルスキーもご多分に漏れず西部劇宜しく決闘の現場に赴く事になりますが、病の身を押して床屋に行ったり洋服を新調したりと、この辺りドン・シーゲル監督作品、ジョン・ウェインの遺作「ラスト・シューティスト」を彷彿とさせる。物語最後で見せるコワルスキー/イーストウッドの勇姿は、“ゴシップが多く、絶えず矢面に立たされた自らの役者人生へのピリオド”として敢えて銀幕に焼き付けたような、多少自虐的な印象すら感じるのですが如何でしょうか?

また72年フォード・グラン・トリノを物語の核に据えた辺り、彼の私的拘りが窺えます。彼の西部劇など目だって顕著ですが、ウエスタンにありがちなColt 45 ピースメーカーといった有名どころの拳銃を使用しませんね。必ずマイナーな一品を持ち出してきますから...。

12年物のブラック・ラヴェルを空けながら、眼が真っ赤になってしまった!久々にいい映画を観る事が出来ました。これはお勧めな映画です。

posted by まっぴら at 21:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月22日

悔いる事無き国の力無き正義

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恥ずかしやコーエン兄弟監督作品など、なんも知らん...。同監督作品「ミラーズ・クロッシング」が観たくなりレンタルへと出かけたが、代わりにこちらの方を借りた。2007年度アカデミー賞4部門(作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を受賞)を獲得し、言わずと知れたスリラー作品
ノーカントリー」。

日々凶悪化する犯罪を憂う保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)のナレーションを背景に物語は幕を上げ、アメリカ・メキシコのボーダーライン、麻薬取引の大金を巡って凄惨な殺戮劇が繰り広げられる。

物語全編を通じて過激な暴力描写は圧巻。ハビエル・バルデム演じる職業的殺人者...というよりターミネーターに限りなく近い非人間的な殺人鬼“シガー”は、その面相同様強烈なインパクトを残したが、麻薬取引現場の金を横取りし彼に追われる身となるハンター(?):ルウェリン・モス。公開当時の前評判を知らぬまま「昔の映画だったら「カプリコン1」や「ジャグラー」のジェームズ・ブローリン辺りが演じてそうな役柄だなあ...」と思っていたのだが、偶然ルウェリン・モスを演じていたジョシュ・ブローリンは彼のせがれだった!のには大爆笑だった。(ダイアン・レインの亭主ってこの人だったのね。)

また麻薬ディーラーから金の奪還を命じられた賞金稼ぎ:カーソン・ウェルズを演じたウッディ・ハレルソンは、珍しくまともな役に徹しており(てか他が飛び抜け過ぎている)小役ながら好印象を感じた。理性派としてエド・ハリスとキャラが通じる感じさえする。

アメリカ社会など高度に管理されていそうに見えて、国土面積の広大さから端々まで法令順守の機能が徹底されていないのは書くに及ばずの事。法の目の番人・正義の味方とされる保安官であっても、地域に根ざした一介の情実調整権力に過ぎず、日々進化する凶悪犯罪に強力な規制力を行使できないジレンマに老いた保安官が苦悩する姿がよく描かれていると思う。
この国の社会を構成する全ての事象が、自らの抱え込んだ病巣によって大なり小なり歪められている。
膺懲も暴力」として拳銃の携帯を忌む保安官だが、物語後半は腰に携帯している姿が印象深かった。銃と血と暴力の伝統で築き上げられた国は、結果として何も変わらない。劇中なにも解決しない後味の悪さ・薄ら寒さはリアルで、それでいて妙にもの哀しい余韻を残す。そんな映画だ。
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2011年07月21日

べネックス・ブルーの青い鳥逃げた

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職場の帰りにレンタルショップに立ち寄るのが至福のひと時。ここ最近、全然劇場映画を観ていなかったもんな...。興味はあったがついぞ劇場で見逃した作品が星の数ほどあるため...またこの歳になり、もう一度観てみたい映画などをワンコイン・チョイスする。ビールや発泡酒片手に鑑賞しているのが楽しい...これって最低の見方かな?

ジャン・ジャック・べネックス監督の「青い夢の女」を借りた。なにせ昔観た「ディーバ」のスタイリッシュな映像美学があまりに衝撃的だったため、今でも自分の中ではネ申掛りの映画監督の一人である。その後の「ベティ・ブルー」は内容が男女の性愛に言及されるため、大きな声で言うのも憚れるが、結構気に入った作品。ちなみに仏映画にはリュック・ベッソンという大御所が居られ、初期作品に観られた“客を突っ放す素っ気無さ”には敬服した時期がありましたが、どうも「レオン」以降はハリウッドナイズ化が著しいので、自分の中ではあまり拍手を持って迎えられる監督ではない。

【STORY】
夫のDVが元で精神分析医ミッシェル(ジャン=ユーグ・アングラード)の診療を受ける人妻:オルガ(エレーヌ・ド・フジュロール)。ところがミッシェルは診察中に眠ってしまい、目覚めると死体と化したオルガが横たわっていた。死体の処分に困る彼に、さらなる謎めいた事件が相次ぐ。


青・白・黄・赤といった様々な原色が交錯し一見アヴァンギャルドとも受けとれる執拗な色彩配置(物)は、流石べネックス!8年の沈黙を破り復活の面目躍如...だと思うのだが、監督いわく“死と鬱のブラック・ユーモアを散りばめた”とされる物語も、結局のところヒッチコック往年の名作「ハリーの災難」の現代版焼き直し。エロティックさもイメージを持って描かれるものの俗悪なSMあり屍姦あり。前衛的姿勢を持って、まるで“公衆便所の落書き”に望んだような...極めて都会型な猥雑な印象しか感じなかった。(OP・EDから一目瞭然であろう)

物語もオルガの屍体の始末に悪戦苦闘する精神科医自らが、幼少時に受けたトラウマからの脱却劇、女の死と彼女が夫の元から持ち出した大金を廻るサスペンス、恋人とのラブ・ストーリーなど、いろいろ詰め込み過ぎた結果、どれも土俵を突っ切れてない感じがしました。仏映画の役所広司のようなジャン=ユーグ・アングラードも年齢的に老け込んだせいか?若い頃の溌剌とした魅力を求めても酷な話で、エレーヌ・ド・フジュロールも生きて悪女・死してお荷物(?)を演じても、どちらにもあまり魅力を感じないんだなあ〜。
また精神分析の観点でジークムント・フロイトなどを作品中に持ち込んだがために、ハッピーエンドである橋の上でのキス・シーンや背景のエッフェル塔の夜景の美しさに、無意識研究のサブリミナルを投影してしまう。要は送り手側の高尚なジョーク(変化球)を勘繰ってしまい、素直に喜べないのであるのね。(笑)

ただ元放火魔のホームレスや、墓場にダッチワイフを持ち込み戯れに興じる自称:D・Jといった、この監督作品に往々にして登場しがちな街の怪しげな住人たち=よく言えば個性的な取り巻き、悪く言えば変態ども(笑)は非常に面白味を覚えるのだけども...。

かくてべネックス・ブルーに彩られた青い鳥は逃げ、
ボクの仏映画の憑神は地に落ちた!
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2011年07月20日

Angela's Ashes

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惨めな子供時代だった。
だが幸せな子供時代など、語るべき事は何も無い。

鬼才:アラン・パーカー監督、エミリー・ワトソン、ロバート・カーライル主演の「アンジェラの灰 Angela's Ashes (1999)」をレンタルで観てしまう。先にレヴューした「カティンの森」が“侵略や属国支配の恐怖”だとするならば、こちらは“極貧の恐怖”だ。“貧困”なんて生易しいものではない。戦前の英国植民地であるアイルランドってどんだけ貧乏なのよォ?って...。
監督:アラン・パーカーと聞くと僕らの世代では「エンゼル・ハート (1987)」 「ミシシッピー・バーニング (1988)」といったスリラーとかサスペンス方面に長けたイメージが強かった。だが90年代から作風を一新したのは何となく聞き及んでいた。しかしこの映画を正視するのは本当に辛くて、その前半は何度投げ出そうかと思ったぐらい...。
いや!フランク・マコートの原作は1996年のピューリッツアー賞を受賞した大変な名作。撮影のマイケル・セレシンは「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」の撮影監督を務めただけあって映像は素晴らしいし、音楽だって大御所:ジョン・ウィリアムズだ。...しかし内容は赤貧洗うが如し。別な意味での“恐怖映画”で“身体が冷えきる”、
そして痛い映画なのです。

【STORY】
アイルランド出身のマラキ(ロバート・カーライル)とアンジェラ(エミリー・ワトソン)は、ニューヨークで出会って結婚した。二人の間には5人の子供が生まれるが、しかし父親のマラキは仕事が見つからず、酒びたりの日々を送り、一家の生活は厳しいものであった。一番下の娘が亡くなったのを機に、一家はアイルランドへ戻り、リムリックで暮らすようになるが、生活は一向に良くならなかった。

この英国領は牧畜と漁業以外は目立った産業が何も無く、経済基盤が弱いため貧困率が高い。とりわけリムリック(マンスター地方)の気候、シャノン川に面した貧民街の湿度が半ば風土病とも思える肺疾患等を生み易いため、新生児や乳幼児の死亡率が非常に高い。一家の舞台となる地区協同トイレ傍の借家は土地が沈み込み、ひと度雨が降ると1Fの床は水浸し。(げっ!) 元I・R・Aの闘士の肩書を持つ夫:マラキは気位が高く働かず、また働いても長続きせず、失業手当はおろか遠縁の親戚のよこす出産祝いまで飲んでしまう駄目亭主。一家は親族や世間に白眼視される日々...。
また(物語のバック・ボーンとして)国教であるローマ・カトリック教が避妊・中絶を許しておらず、暮らしが立ち行かない中、次々と兄弟・乳幼児が発病・衰弱死してしまう過程を、長男:フランク(原作者:フランク・マコート本人)の成長の視線で、実に淡々と描かれているのが怖いのでした。
これが脳天気かつファイト一発なハリウッド映画ですと、母:アンジェラの自立のプロセスが描かれて然るべきなんでしょうけど、当時の風潮や古い格式・伝統が阻み、路上や教会で物乞するまで落ちぶれても、妻たる者...脱家庭まで踏み切れず突っ切れない過程がねえ...観ていてホント辛いなあ...。救済の手立ての代償に、高圧的に振舞う教会。本来安らぎを求めて然るべき家庭も地獄なんです。時折物語は息抜きにユーモラスは交えるものの、どこか冷ややかな笑いなんだなあ....・

ありとあらゆる人達の野辺送りの中、物語の後半は希望を胸に秘め、アメリカに旅立とうとするフランク青年の自立に焦点が移行していくのが唯一の救いかな。不逞の夫を毛嫌いするがため普段は意地悪な叔母が、フランクの就職に際して洋服を新たに新調してくれる話など実に泣かせるじゃありませんか。



不肖ボクはこの映画を世で働く平凡なお父さん方に観て欲しいと思う。不幸にも挫折や失業を経験された方なら尚良し。社会から爪弾きにされた孤独と悲哀と同時に、妻や子供・家族に対する責任の重要性が痛いほど再認識できるから。...と変に膝を正して教科書通りの締め方で幕。
女の方が過去に関しては意外と割りきりが良い...と、ここで妙に恨み言しきり。(笑)

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2011年07月19日

ブルースで死にな 〜原田芳雄氏追悼

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表題は故人のレコード楽曲のタイトルから失敬。
(※) 補足すると、宇崎竜童氏デビュー35周年を記念して作られたブルース・アルバムのタイトル&1曲。原田芳雄氏への提供曲。

大兄の訃報に接し、ただただ呆然とす。

自らの死に香煙を燻らせるべく
遺作となった「大鹿村騒動記」の撮影に望んだのかと
思ったりもしたのだけど...。

福島原発事故の年に...というのも何やら感慨深いなあ...。
ATG作品「原子力戦争(1978)」 。

藤田敏八監督...敏八っつぁんや鈴木清順監督、黒木和雄監督、
弟分のように親交が厚かった松田優作と、今頃きっと飲んでるよ。

合掌、黙祷。 ブルースで声明梵唄。(合掌)

posted by まっぴら at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

カティンの森

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茹だるような熱帯の深夜。凍りつくような映画を鑑賞する。
アンジェイ・ワイダ監督作品「カティンの森」。
ホラー作品より恐ろしい。実際に起こった史実というからまた恐ろしい。同じ人間でありながら、イデオロギーを違えるとこれだけの事が引き起こせるのか?世界には実に多くの国家が存在し、自国の繁栄のために日々機能する。国家と名がつく以上はどの国も自国民の利益を守る機関として成立しているのは申すまでも無い。と同時に隣国というのは、社交的儀礼の微笑の裏では利己的欲望でしか他国を見る目を持っておらず、他の国家に対して心からの善意を見せる国家など、まずこの地上には存在し得ないのだ。


灰とダイヤモンド」や「地下水道」等で世界の映画界を席巻したアンジェイ・ワイダ監督。御歳は85歳になられますが、彼が内に秘めた民族感情の雛形は、ナチスドイツとソヴィエトの2大大国に侵略を受けて国土が引き裂かれた祖国ポーランドへの思いと、その幼年期にカティンの森に消えた父親(ポーランド軍将校)への哀惜が、この123分に及ぶフィルムに余す事無く盛り込まれている。いや。映画というよりは限りなく壁画だな。スペイン内戦の怒りを壁一面に叩きつけた巨匠:ピカソの「ゲルニカ」に果てしなく程近い。当局の検閲がことのほか厳しかった時代、隠喩を駆使して映像効果を得ていた同監督作品だが、こんにち歴史の闇に葬り去られた戦争犯罪を、オブラートに包まず、荘厳な色彩を得て現代に悪夢として浮かび上がらせたようだ。国家的情欲処理の現場にあっての大国同士のエゴ、イデオロギーという偏光グラス越しに観た、忌まわしくも鮮やかなクラスヌイ(Красный)。ブーツで踏みつけられ床になじられた夥しい鮮血。または東の大国の旗の色...。

1939年、ドイツがポーランドに電撃侵攻を開始し第二次大戦が勃発する。その数週間後、ソ連はポーランドの東部に侵攻した。秘密裏に独ソ不可侵条約が結ばれ、ポーランドは、ドイツとソ連に分割占領されることになったのである。恐慌をきたし逃げ惑う人々の中に、降伏したポーランド軍槍騎兵大尉アンジェイ(アルトゥル・ジミイェフスキ)の姿を探す妻:アンナ(マヤ・オスタシェフスカ)と娘:ニカ(ヴィクトリア・ゴンシェフスカ)がいた。その後、アンナとニカは、駅でソ連へ連行される直前のアンジェイ、彼の友人イェジ(アンジェイ・ヒラ)らポーランド軍将校たちに出会うことができた。アンナはアンジェイに逃亡を勧めるが、アンジェイは軍への忠誠のため拒否し、家族と別れた。そして捕虜として教会に収容されたアンジェイはこれから起こることを日記に記そうと心に決める。

時は移り1943年4月、独ソ不可侵条約を破ってソ連領に侵攻したドイツ軍が、スモレンスク郊外のカティンの森の近くで、一万数千人に及ぶポーランド軍将校の腐乱した惨殺死体を発見した。ドイツは、これを1940年のソ連軍の犯行であることを大々的に報じた。

その後ドイツが敗北し、大戦が終結した1945年以後、ポーランドはソ連の衛星国として復興の道を歩み始めた。そしてソ連はカティンの森事件をドイツ軍の仕業であると反論し、事件の真相に触れることはタブーとなった。苦難を乗り越え、大戦から生き残った軍人や国民、カティンで親族を失った遺族らには、当局からの検閲、統制、口封じといった苛酷な現実が待ち受けていたのである。

映画の尺は経過する年代の割りに多少駆け足な印象を受けるが、これは劇中周到な伏線が張り巡らされており、カチン・マサッカに関係するキャラクターが個々にドラマを抱えて戦後浮かび上がってくる群像劇な仕掛け。取り分けコジェルスク収容所の生き残り、ルブリン系ポーランド軍としてNKVD(内部人民委員)に協力した事を恥じ拳銃自殺をするイェジの姿は、戦後ポーランドの苦悩そのものであり、彼にとってのアイディンティティの回復とは、生き残った自分を後悔し、名誉を重んじた死だったのが痛々しかった。
またワルシャワ蜂起の生き残りの女性やパルチザンに参加した経歴を持つ青年が登場しますが、これらは同監督作品の「地下水道」や「灰とダイヤモンド」の主役達の立ち位置とオーヴァーラップしてしまう。だが映画的オマージュではなく、実際こういう人々が数多かったのであろうというリアリティがヒシヒシと感じられます。時間軸を巻き戻し、物語終盤カチン・マサッカの大屠殺を再現しますが、有刺鉄線等で後手に縛られ銃殺が繰り広げられるシーンは、処刑などというある種儀礼的装飾性を伴った光景は微塵も無く、まるで家畜の食肉処理のような冷徹な殺害シーンの連続で、思わず目を覆いたくなります。赤軍はドイツ製の9mm拳銃を使用していましたが、端から独軍に罪科を擦り付けるアリバイ工作を念頭においての計画的戦争犯罪だったのだろうか?



しかし(不謹慎ながら)仮に現代社会に置き換えてみると、政府は簡単に雇用対策支援などと申しますが、報道媒体から伝わる「国民」という言葉は、抽象的ないし国家の属性的存在という意味合いが昔の社会主義国以上に濃厚で血が通っておらず、世は過当競争社会。営利に敏く収奪の機能に精通し、非常に抑制力が乏しい...もしくは激しく欠いた法人や企業ばかりでありますから、流血こそ見られないが、自分以外は大凡無関心、切り捨て御免といった“屠殺の森”に漂ったに近い刹那の空気は、日本の労働現場のその周辺、巷に数限りなく転がっているような気がする。
積極雇用という言霊の霊力を借り、か細い可能性に向かって訴えるのが咳の山で、面倒の草を踏み、森に分け入るだけの勇気のある公僕ばかりだったらこの国ももう少しよくなるはずだ。精神的緊張を強い冷え上がる話は、何も先の隣国の話を持ち出す事も無く、実は自分の目と鼻の先にも簡単に転がっていたりするわけだから...おおっ!重症の楽天家の頭脳を持ってしても、世は末はないか!

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2011年07月12日

チャイナタウン


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評判が良かったにも関わらず、この年齢までなんとなく見逃していた映画というのが数多くある。まあ喰わず嫌いがそのほとんどでありますが...。昨晩はBSプレミアムで放映していたJ・ニコルソン主演の映画「チャイナタウン」を観ておりました。ロマン・ポランスキー監督のフィルム・ノワールが醸しだす退廃的にして濃密な空気は、J・ゴールドスミスのサウンドトラックと相俟って、M・スコセッジの「タクシードライバー」以上にけだるくけだるくて。(御免。半分寝ちゃった!笑) 
ハードボイルドなディティクティブ・ストーリーに、その道の映画の巨匠監督であるJ・ヒューストンの出演や、ポランスキー監督自身のカメオ出演(ギャングの役)など、かなり古いパラマウント映画ながら最後まで楽しませて戴きました。しかしダム建設と上水道の利権絡みの陰謀という設定は、クライアントの破綻した家族劇の中、今ひとつ判然としないのが難か?

ノベライズや銀幕の中ではフィリップ・マーロウやサム・スペイド、マイク・ハマーといった名探偵が多く登場しますが、地味ながらもニコルソンが演じた私立探偵J・J・ギティスの脂っこさがなんか好きだ。その後実生活共々、ただの“怪優”になってしまったのが惜しまれるんですがね...。
posted by まっぴら at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ムビ・ログ(映画log) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

北国の帝王

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エイプリール・フール。四月馬鹿です。...すいません。万年馬鹿です。

少し前の話になりますが、初DVD化に喜んで、購入しようとした矢先にBS深夜枠で放映してしまいました。
ロバート・アルドリッチ監督作品「北国の帝王」。
B級作品でありながらも、月日がランク分けを昇華したのでしょうか?NHKで放映する作品にまでになってしまった。画質がいいのが嬉しかったなあ。学生の頃等12chの放映で散々見たのですけど、当時は「アメリカ映画って何でも映画のネタになっていいなあ...」というのが率直な感想。

時は世界恐慌の折、望みのない職探しの為、“ホーボー”と呼ばれる浮浪者達は、貨物列車に無賃乗車を企てるんですが、当時のレールウェイ・アソシエーションの規則では、乗務する鉄道員たちは運行妨害の咎として、彼等を列車から突き落として殺しても罪に問われなかったんです。中でも第19号貨物列車の鬼車掌:シャック(アーネスト・ボーグナイン)は“人斬り”の異名で知られ、一人として無賃乗車を許さなかった。それに挑むのが“北国の帝王”と異名される浮浪者の代表:A(エース) No.1(リー・マーヴィン)なんです。ホームレスの割には妙な品格があり、浮浪者達の間でも尊敬され、一目置かれている存在。

この映画、クリフトファー・ノップという人が脚本を書いていますが、実はそのベースは「野性の呼び声」で有名なジャック・ロンドンの「アメリカ浮浪記」が原典。企画当初はヴァイオレンス・アクション映画の鬼才:サム・ペキンパーが監督する予定でしたが、「ワイルド・バンチ」の首領:パイク役にオファーされたリー・マーヴィンが撮影直前に降板したため、おそらくはその後、両者の間で個人的な確執が続いたのかも知れません。男性活劇に定評があるロバート・アルドリッチが監督する事になりました。ロバート・アルドリッチ監督作品は兎に角骨太!対立する男と男、個性のぶつかり合いの中でお互いのアイデンティティを次第に認め合っていくスタイルが好きなのです。「飛べ!フェニックス」や「ロンゲスト・ヤード」、同じリー・マーヴィンなら往年の戦争映画「特攻大作戦」なんかが好きですね。ある意味、そのキャラ構成はペキンパー作品よりデフォルメされて味濃いかも知れません。北米を走る機関車って素敵だね。これだけでも観る価値ありかも。



しめしめと小躍りして録画してしまいましたが、肝心の対決シーンでは地震速報のテロップが...!やはり買わなきゃ駄目か...。上手い話はそうそう転がってはおりません。劇中調子のいい小僧役のキース・キャラダインの気分...。
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2011年03月06日

銀翼殺手二酔フ夕べ

「昨今のムーヴィー・トリヴュアで脳に負担をかけたくない」と豪語しながらも、結局これは買っちゃいましたね。いや、ブルーレイ・ソフトとDVDとどちらにしようか?と悩んだんだけど、結局はDVD。LDの時もそうだったが、媒体の改変期における保守的性格のボクは“石橋を叩いて渡らず”いつもこうだ。(笑)

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ブレード・ランナー ファイナルカット」。
中国語では「銀翼殺手(Yínyì shāshǒu)」と呼ぶそうで面白い。
熱心さとか向学心が以前より希薄なせいか?考えたら「〜ディレクターズ・カット」版も観てないや...。ヴァージョン違いというものをまったく網羅していない。「初期劇場公開版」の解放感のあるハッピーエンディングが好きだったんだけど、あれはワーク・プリント試写版が不評で、急遽映画「シャイニング」のOP映像を強引に挟んだんだそうだ。

図に乗って調べてみると映像化に際して40年代のフィルム・ノワールを標榜し、 リドリー・スコットはJ・J・ギティスが主人公の「チャイナタウン」。 (後にロマン・ポランスキー監督がJ・ニコルソンで映画化) 製作・脚本(初期)ハンプトン・ファンチャーは「さらば愛しき女よ」をイメージ。ハードボイルドなディティクティブ・ストーリーをリスペクトしている。ショーン・ヤングが演じた“レーチェル”の髪型や肩の張った装束など、ジェーン・クロフォードが演じた「Mildred Pierce」〜その自立した女性像をオマージュしているらしい。



個人的はタイレル・コープの社長役を演じたジョー・ターケルの起用が面白い。「砲艦サンパブロ」の水兵や「シャイニング」ではホテルのバーテンダー霊の役で登場しているベリレアな俳優。スシ・バーの親父を演じたTV俳優のロバート・オカザキは「フィフス・エレメント」にも似たような役で登場しているといわれているだけど、これはまだ確認していない。この映画公開の3年後には亡くなっているそうなので、情報自体が間違っているかもしれない。

これを機会に各ヴァージョンDVDを揃えてみるか?これを観ながらオードブルに生牡蠣は宜しいかと。(ノロ・ウィルスに当たらなければ) 茹でた犬?それはご遠慮したいところ...(苦笑) 
映画「インセプション」の(要は「バットマン」シリーズでゴッサム・シティを描いた)クリストファー・ノーラン監督を配しての二作目(続編?)の話も持ち上がっているそうだが、当然の事ながらまったく期待していない。過去の作品を擬似的経験に基づいてトレースして安易な集客を夢想する、こんいちの電映的羊に夢を抱く事自体がそもそも夢の様な話である...と思う。

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2011年01月30日

宇宙からの鉤十字?

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ナチスの技術は世界一ィィィィィィィィィィィ!

こらまたけったいな映画が公開予定ですな。フィンランドのインディーズ映画プロダクツ、エネルギア発の「アイアンスカイ」。
本作は、第二次世界大戦で敗色濃厚となったナチスが、南極の秘密基地で宇宙船を建造し、密かに地球を脱出して月の裏側に逃げ延びたという、あまりに矢追なストーリー。
その後、2018年となり、ナチスがそろそろ地球に舞い戻っても大丈夫かな?と帰ってくるのですが、ホロコーストに見られる歴史的蛮行や禁忌をよそに人々は物珍しがって大歓迎になるというSFパロディ映画だそうです。

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昔の娯楽作品としての戦争映画には切っても切れない悪役であるドイツ軍。劇場も集客も良く「入るヒトラー!」などと映画館関係者が喜んだ時代もあったそうです。いつしか戦争の災禍と悲劇を追うリアル指向の作品が多くなりましたが、決して悪くは無い。しかし飽きも来たんだな。実際や史実からは脱線して、息抜きも必要なんじゃないか?そういった意味では取り上げるマテリアル、世界的禁忌である赤・白・黒の三色旗も、時間の経過に贖罪され完全に風化されなくとも、イディオッツ・カーテンたる銀幕上で目に優しい褪色を帯びつつあるような気がする。

それにしては、かつてどこかで観たようなトルーパーが....。嗚呼...!

“平和”という言葉に弛緩した我々は、貧相たる笑い。その片頬に精神的緊張と酷薄な痙攣を持ってして、彼等と永遠のテーゼである「闘争」を迎え入れなければならない。

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2011年01月29日

古典的名作に酔ったか寝たか?


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随分と縦に長いポスターなんだなあ...。(溜息) 大昔に民放の深夜枠で一度観たっきり。一昨夜は深夜夢うつつ、意識朦朧となりながら、衛星第二放映の深夜枠映画「メトロポリス」を半ば片目で観ておりました。1927年公開のモノクロサイレント映画。ワイマール共和制時代のドイツ映画:フリッツ・ランゲ監督作品。「SF映画の原点にして頂点」という呼ばれ方さえしている古典的名作。

荘厳な舞台劇の延長のようで、多少滑稽味を帯びる演技や演出。来るべき未来を想定しながらも当時は資本主義と台頭した社会主義の対立をオーヴァー・ラップさせる意図があったそうですが、ここでデフォルメして描かれていた労働者と有知識指導者階級との格差、苛酷な労働問題といったものは、現代の我々の社会周辺を省みても決して絵空事の話ではない気がします。

人間が必要最低限飢えないようにするための群れが社会であり、生活を営む上で賃金を得る為の手段が労働だと思うんですが、雇用と労働の極端な二極分化、貧困層は美しいアンドロイド・マリアによるアジテート(扇情的扇動?笑)を経て、その階級闘争(死語?)の図式を、色彩も音声も無いフィルムに盛り込み、84年前の映画創成期に、すでに鋭く警鐘を鳴らしていたテア・フォン・ハルボウ(元ランゲ夫人)の原作は驚嘆に値します。(年明けからソ連戦車を作っていたので、発言がやや赤身を帯びていますが 苦笑) ドイツはこのような優れた作品を世に送り出したのに、何故一党独裁国家が勃興し、戦争への道を突き進まざる負えなかったのだろう?

強いて欲を言うならば、ロック音楽をBGMに差し替えた84年のジョルジオ・モロダー版を観たかった!昨日放映のあのサウンドトラックだと
ただでさえ深夜枠、もう眠くて眠くて瞼が重くて。日中仕事が手につきません。(笑
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2011年01月17日

PETER'S WAR

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映画監督のピーター・イェーツが今月8日に亡くなっていたのを知ったのは、実は昨日の事で...。享年81歳。長い闘病生活の末の事だったそう。この方のフィルモグラフィ。俄然S・マックイーン主演、ハリウッド進出記念第一作となった「ブリット」が真っ先に思い浮かぶ。「銀河伝説クルール」の頃は流石にSF作品は食傷し離れてしまっていたけど、「ジョンとメリー」や戦争映画「マーフィの戦い」、深海サスペンス映画の「ザ・ディープ」など、小品ながら輝く作品も幾つかあった。バイオグラフィによると映画監督以前は舞台俳優を経てレーシング・ドライバーと言う特異な経歴の持ち主だったそうで、犯人を追う敏腕刑事であれ、敵潜水艦を執拗に追い回す整備兵であれ、あるいはバミューダ海域に眠る巨万の富を狙うサルべージャー達の姿であれ、“追跡者の情熱と孤独”を描かせると(あの当事)この人の右に出る人物は居なかったのではなかろうか...と思う今日この頃。
兎にも角にもロンドン・オルダーショッド出自、B級娯楽作品に徹し抜いた孤高の職人監督。その訃報に合掌、黙祷、溜息...。


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2010年10月28日

マックイーンズマシンズ 不朽のレガシー

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昨今はかの人の主演作品をブルーレイで買い直す気もなく、半ば打ち捨てられたコンテンツと化しましたが、未だ書籍は意外と見かけます。ついに「McQUEEN'S MACHINES(日本語版)」をゲット! 「自分がレースをする俳優なのか?演技するレーサーなのか?よく分からない」とまで言わしめた、往年の映画俳優/レース狂のスティーブ・マックイーンが所有した愛車344台!を総網羅。(AMの八九式中戦車キットも魅力的でしたが、こっちの方を選んでしまいました。笑) 
プライベート・カーとして愛用したジャガーXK-SS、フェラーリ275GT4、ミニ・クーパー。晩年に購入したピックアップ・トラック、キャンピング・カー、ビンテージ・バイクの他、複葉機の一部も掲載されております。

「栄光のル・マン」撮影時、カメラ・カーとしてフォードGT40(!)を使用した撮影風景。 「大脱走」時、他のキャストとサイド・カーに跨った珍しいスチール。驚くのは、撮影で使用したマシンのほとんどを買い取っているんですね。 その愛車コレクションは彼の死後1984年ベガスで開催されたエステート・オークションで、津々浦々のコレクターに売却され、今後一堂に会する機会はまず無いでしょう。

サンフランシスコ湾で彼の遺灰を撒く事になった複葉機。郵便機仕様のボーイング・ステアマン1945、カスタム・レジストレーション・ナンバー(3188)は、少年院での自らのIDを流用した機体など、古きフリーク心は秋の夜長に猛烈に萌えまくっております。(笑)

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2010年04月30日

直球系神々の甘き思惑

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久々の劇場映画は何を観ようかと悩んだ挙句、久方ぶりにクラーケンやメデューサに逢いに「タイタンの戦い」を観に行きました。81年のダイナメーションの世界的権威レイ・ハリーハウゼン作品のリメイク。でも正直あまり期待してはいなかった。人形アニメがCGに取って代わっただけの事だろうと...。兎角CG/VFXで描かれがちな現代劇終末世界観にはいい加減食傷していたので、素直に神話世界のスペクタクル怪獣物として観賞する事にした。

めっちゃめちゃイイ!

CGが。(笑) 大蠍、クラーケン、メデューサは抜群の冴えに加えて、ペガサスと怪鳥ハーピーが繰り広げるドッグファイトは必見! それも白くないペガサス。群れをなした白いのには主人公はソッポを向かれちゃうから笑い。(笑) その代わり来たのが「花の慶次」の松風よろしく、ドン黒い大きいヤツだ。こいつは在り来たりに飛ぶだけではなく、時折タッチ・アンド・ゴーをするのがかなり爽快。これ観たさだけでもブルーレイ/DVDは買いかも。

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2010年03月01日

ワルシャワの臓物

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生前この映画を劇場で観たと言っていた父親が、その感想を何やら述べていた記憶があったが、うっかり聞き漏らしその内容を忘れてしまった。もっともその当時は趣味の模型の影響で、独軍の機関銃やオリジナルかと思われる有線遠隔誘導地雷ゴリアテなどの大戦兵器といったハードウエアに首っ丈で、観るには観たが内容はほとんど憶えていない。
以前、戦後ポーランドを代表する映画監督アンジェイ・ワイダの“抵抗三部作”といわれる「灰とダイヤモンド」の事を書いたが、一昨晩その一篇にあたる「地下水道」がBSで深夜放映されていた事にお気づきであっただろうか?

1994年8月から始まったポーランド・ワルシャワ蜂起を背景に、ドイツ軍に追い詰められていく地下抵抗運動家達の悲劇的な末路を描いた作品。ソ連軍による解放の日は近いと武装蜂起したポーランド人達に、絶滅戦を標榜したドイツ軍は徹底的な猛爆撃を加え(ワルシャワ前面のソ連軍は政治的意図から蜂起には呼応しなかった)、その蜂起軍の死者は2万6000人、市民の死者は約20万人といわれる未曾有の惨禍となった。生き残った運動家達は古都の地下に網の目の様に張り巡らされた地下水道に潜り、市中心部の本隊と合流しようという試みに打って出る。

暗闇、悪臭、地上のドイツ軍からの毒ガス攻撃、臓物の如く複雑に入り組んだ迷路のような地下水道。発狂者まで続出する生と死の狭間の中、逃げ込んだ人々は今度は出口を求め流離うことになります。差し込む日の光を見つけても、鉄格子や独軍の仕掛けたブービー・トラップで抜け出すことの出来ない絶体絶命な閉塞感。余計な色彩を一切排除した地下水道という限定された空間の中で、背徳や裏切りといった様々な人間模様が交錯します。戦争という国家的情欲処理の現場の狭間に翻弄され、戦後も戦勝国側に押し付けられたイデオロギーの中、迷走を続けた故国の殉難者達の無念さを、作り手はまるで影絵の如く、瓦礫と化した古都ワルシャワのこの地下水道という漆黒の迷宮に投影したかったに違いありません。

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2009年12月18日

東宝特撮映画DVDコレクション(6)

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今朝の栃木県南部を震源とした地震(震源の深さは約80キロ、地震の規模=マグニチュードはM5.1)で、びっくらこいて右往左往したクチですが、昨夜から静岡県伊東市付近では震度5弱の地震が頻発しているとの事。どうかお気をつけください。地震、地殻変動など、地面に乗っかって暮らしている者と致しましては、上にも下にも何処へも逃げ出しようがないので辛いですね。デアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」第6弾は、先の映画「2012」の劇場公開とも被り、何やらタイムリーなネタになってしまった。(陳謝

日本沈没」。

小松左京氏のベスト・セラーSF小説の映画化。劇場公開された昭和48年(1973)というのは、泥沼化したヴェト・ナム戦争は終結したものの、ニクソン大統領のウォーターゲート事件関与が発覚。また日本はオイルショックの到来で未曾有の経済パニック。関東大震災からもちょうど50年目の節目という事から、終末観ブームもあったのでしょう。
本邦パニック大作の魁として「日本沈没」は東宝特撮技術陣が怪獣抜きで、本格的SF超大作に挑んだ歴史的作品でありました。

ボクは子供でしたから、マントルを始めとしプレート・テクトニクスも収束型境界も何も分からず、映画公開時に乱発された各種宣伝材料から得た少年雑誌掲載程度の知識と、村野武範さん:主演でTBS系列で放映されたTVドラマやさいとうプロの連載劇画の影響から、深海潜水艇「わだつみ」のプラモデルなどを作って遊んだ記憶しかないのだけど、今回の発売でようやく“当時の日本が狂騒”した震源の在り処を目の当たりにする事が出来ました。

【STORY】
球物理学者である田所雄介博士(小林桂樹)は、地震の観測データから日本列島に異変が起きているのを直感し、調査に乗り出します。潜水艇漕艇者の小野寺俊夫(藤岡弘)、助手の幸長信彦助教授(滝田裕介)と共に小笠原沖の日本海溝に潜った田所は、海底を走る奇妙な亀裂と乱泥流を発見します。異変を確信した田所はデータを集め続け、一つの結論に達します。それは「日本列島は最悪の場合、2年以内に地殻変動で陸地のほとんどが海面下に沈降する」というものでした。


半ば主役として政府を代表する山本総理を演じる故:丹波哲郎氏。存在感が圧倒的で、未だに亡くなって久しい気がしません。 映画的には日本国民と資産を海外へ脱出させる「D計画」を立案され発動されるわけですが、天変地異の歩みが早すぎて、常にそれと追いかけっこに終止している印象を受けました。

そんな中、小野寺といしだあゆみさん演じる阿部玲子嬢のロマンスの描き方が強引で、熱情(熱演)も相俟ってか?恋愛というよりオスとメスとの本能に根ざしたように、「出逢ったばかりなのに子供を欲しがる」会話に発展する、明らかに描かれ方に無理がありすぎる惹かれ方。(笑) 水にラードをボトリと落としたように、そこだけ妙な脂ギッシュさを覚えました。

もっとも“犬の島渡り”宜しく“環境が人を作る”わけで、絶滅危惧国家の環境にあって種族保存の本能の観点に従えばリアルっちゃあリアルなんでしょうけど...。それにつけてもこの当時のいしださん@ビキニ姿ってかなり肉感的ですねえ〜。渚で逢瀬中、被災した二人...海パン姿の小野寺はかなり前かがみで逃げてるではないでスか。(笑)

また被災の果てに玲子と離れ離れになった小野寺は、自ら日本人達を一人でも多く救うべく「D計画」に没頭し始めます。この姿が何やら「満たされなかった性欲はスポーツで昇華せよ」といった保健体育教科書的な健全過ぎた真剣さに写り、(後年のキャッチフレーズ「役者バカ」と相俟って)人間的に風変わりな滑稽さを帯びてしまうのがちょっとなあ...。(苦笑)

ボクはTV番組で育ったので、“リアルに再現された名所・旧跡が次々と破壊され消滅する”というクローズアップならぬピンポイント的シーケンスにカタルシスを覚える性質なのだけど、コノ映画ですと列島縦断...要は四国から三陸沖と規模が広すぎちゃって掴みきれないという印象を受けます。どこへ行ってもキラウエアだし。(笑) 被災する都内の風景やら崩落する永代橋周辺ぐらいしか、正直なところ感情移入が出来ないんです。(笑)

海洋国家/島国根性を腹に据えた日本人が、“母国を失い放浪の民族になったらどうなるか?”をテーマに置いているというのだけど、映画のラストで某国の鉄道の車窓に身を委ねるシーンは、果たしてそれを描ききれているのかどうかは、いささか疑問...。

ゆえ実現しなかった続編にはちょっと興味を感じます。もっともリメイク作品(2006)を観てしまうと、妙にイメージが補填されてしまうでしょうね。その世界観にのめり込まない方がいい場合もあるのだ。


こちらはブルーレイ。
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2009年12月15日

悪魔の追跡

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このところすっかりBS映画小僧になってしまいました。(笑) 観たい物ばかりのラインナップではありませんが、レンタルとは違いお金がかからないでいいですね。DVDを無理して買わないで良かったアルヨという、非常に消極的運営。(笑

珍しくセイバー=マスランスキー・プロ作品、ピーター・フォンダ&ウォーレン・オーツ主演の「悪魔の追跡/Race with the devil」を放映していたので見入ってしまいましたが、昔TV放映で一度観たきり。これら70年代の作品はもう地上波では放映されないでしょうね。映画の内容的には「如何にも70年代!」といったオカルト&カーチェィスなんですが、ほぼスピルバーグの映画「激突」と横一線。ただしこちらは集団で襲い掛かってくるから始末に悪い。

キャンプ先で偶然に悪魔崇拝の儀式を目撃した2組の夫婦に襲い掛かる信者達の群れという内容ですが、劇場公開当時アメリカでは州によっては「JAWS」より観客動員数が多かったところもあったそうです。まあ面積が日本の16倍もある国土ですから、内陸に入るとこういう奇怪な犯罪も多いんでしょうね。それだけ切実な問題なのかも。

これは恐い映画だと思ったのは、逃避行の行く先々、出会う人、すれ違う人、あるいは助けを求める保安官。皆悪魔教の信者に見える怖さ。
また逃げ果せたと見せかけて、実は何も解決しない皮肉な結末。「なんでこうなったの?」ではなく「とにかく始まってしまった!」という既成事実を起点とした不条理な怖さは、描き方が上手いと年代に遜色を感じさせません。

なんでこんな映画、放映してるの?って思ったら、この年末公開のこの映画の前振りみたいでした。(笑) 興味があったので予告を観たけど、結構怖そうだなぁ...。(溜息)


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2009年12月08日

灰とダイヤモンド

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ポーランドを代表する映画監督:アンジェイ・ワイダの「灰とダイヤモンド」をBS深夜枠で何気に観てしまったのですが、全編通して見たのは初めてだったのです。1944年8月からのポーランド・ワルシャワ蜂起を背景に、市内に占拠するドイツ軍に反旗を翻し、下水道に追い詰められたワルシャワ市民達の絶望的抵抗を描いた同監督の「地下水道」も大変な傑作で、こちらはよく憶えております。

ポーランドの作家:イェジ・アンジェイェフスキの同名小説の映画化で、ワイダ自身が脚本に参加しており、主役はポーランド労働者党県委員会書記(所謂:共産主義者)のシチューカから、ロンドン亡命政府系テロリスト:マーチェクに移して描かれていますが、色彩を廃したシャープなモノクロ画面から、終戦直後東側統治者から齎された擬似的自由への昂揚といった当時の雰囲気がよく描かれております。

地区指導者シチューカを暗殺しようとしたマーチェクは誤まって別人を暗殺してしまう。廃墟となった教会で自分が殺害した人物が別人だった事を知り苦悩するマーチェク。反政府運動から足を洗い、恋人のクリーシャと新しい人生を歩もうとしますが、それでも彼は深夜を見計らい、シチューカの暗殺を決行しようと目論む。

暗殺者の銃弾を浴びながらマーチェクに抱きつき絶命するシチューカ。二人を隔てたものはイデオロギーの壁。思想こそ違えど同じポーランド人。戦勝ムードに沸きたち花火が打ち上がる街を傍目に、思想を違えた同じ国民が抱き合い、そこに光と影、生と死が交錯する。

この構図を共産主義体制化の同国(官憲の網の目を掻い潜り)で、半ば即興で取り入れたワイダ監督の、祖国に対する熱い想いって実に凄いなあと思うのです。この時期のポーランドはソ連の後押しを受けるポーランド労働者党と、ソ連と敵対したポーランド亡命政府に分裂しており、後の冷戦に向け政局は混迷を極めます。戦勝国であり本来解放者である(はずの)社会主義国家に否応なく東側陣営として組み込まれ、引き続き従属しなければならない自らの祖国の無念さに、カメラを向け続けた社会派の映像作家だと思うのです。

また衛兵に狙撃され屋外に干されたシーツを血で染めながら、ゴミ捨て場で息絶えるマーチェク。検閲の際には、“体制側の人間が主役でない”という点が問題視され上映が危ぶまれたそうですが、ラストシーンが「反政府活動の無意味さを表したものだ」と統一労働者党から高い評価を受け、晴れて上映が許可されたという曰くつきのエピソードが残されています。原作とは違いこの映画の鑑賞者は、衛兵に嬲り殺される暗殺者に返って同情心が高まる作りになってるんですけどね。(苦笑)

古代は(立地条件的に)西欧キリスト教文化圏の防波堤として東方から来襲する蛮族の脅威に曝され、近代は帝政やら社会主義やらに抑圧されて分割とか割譲とかの負の歴史を背負わされていたこの国や民族も、近年はEUに加盟して西欧に回帰し、シェンゲン協定加盟国になった今、随分と風通しは良くなったみたいだけどね。




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2009年11月29日

東宝特撮映画DVDコレクション(5)

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ゴジラの出ない東宝特撮怪獣映画というのもなんだか奇異な印象を受けますが、デアゴスティーニの「東宝特撮映画DVDコレクション」も第5弾。「モスラ」を購入しました。

モぉスぅラぁ〜やっ♪モスラぁ〜♪
ドゥンガンカサぁ〜クヤン♪インドぅムぅー♪

“小美人”ザ・ピーナッツもひどく懐かしいのですが、東京タワーに繭を張り巨大な翼を持つ成虫へと脱皮するモスラは、まるで一幅の風景画を思わせる美しい映像が大変印象的です。高度成長に先駆け「よもや戦後ではない」とばかり、登場人物にもインターナショナルな配役が多く見受けられます。怪獣映画としては、ひょっとして海外配給を初めて意識した作風なのではなかろうか?

繭を焼き払おうとする原子熱線砲や、モスラ幼虫と壮烈な市街戦を演じるM4シャーマンA3E8(イージーエイト)、空から攻撃するF-86セイバージェット戦闘機の勇姿が嬉しかったね。(笑)


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