2008年10月11日

リーガルとバイブル

bible081011.jpg

ジョージ・ネタが再燃しているんですが、ZEEP TOKYOでの再結成公演。あまりいい風聞が伝わってきておりません。自らが認めた“ロープの張っていないリング”を粗末にしちゃああきませんよ...と、「酔って候」の著者:司馬先生が地下で泣いておるぜよ。
この本「敗者復活戦(昭和54年第一版第一刷本)」と矢沢さんの激論集「成りあがり」はね。若かりし頃のバイブルでありました。

いかんいかん!と喚きつつ、リーガルもバイブルも...ボクも幾星霜、ちり芥・埃を被っておりました。
posted by まっぴら at 15:00| Comment(4) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

まっぴら時代劇小説

hukasamlogo.jpg

「また始まったか...。」と、mixi方面のマイミクの方々のゲンナリした顔と溜息姿が思い浮かび、誠に居た堪れない気持ちで一杯なのですが、実は春先の入院中、ずっと時代劇小説ならぬ講談まがいの雑文を書いておりまして。それまでボクは小説の類は一切書いた事がありませんでした。
あの頃は利き腕を吊った状態でしたので、食事して点滴して煙草して寝る以外、なんも出来ないのです。それでTVで時代劇の再放送ばかり観ていたんですね。その勢いで携帯(最大256文字)メモに書き留めた文章をmixiに転送して、細々と受け狙いで公開しておりました。まあ途中で止めても別によかったんですが、ストーリーテーリングの深みにズルズルとはまって、あれからずっと不定期で更新しています。
止めろっと言われてもっ♪って、もうそろそろ50話近くになるんですね。(驚)

時は元禄。場所はお江戸深川。
明山金時朗という架空の浪人者が主役の時代劇小説
ふかがわ侍」。

「何故、時代劇だったか?」というと、億劫がってあんまり人が書きませんから。(笑) 史実を微妙に絡ませつつ点(史実)と点を線として結びつける作業が面白くて止まらない。ある程度枚数が纏まったので(恥ずかしいんですけど)同人誌感覚・締め切り無し(笑)のニュー・コンテンツとして、表でも随時公開しようと思います。もとより商業目的ではなく只の遊びですんで、興味があられましたら「ああ、またアイツ、あんな馬鹿やってる」と、適当に眺めてやって下さい。

05040011.JPG

...で、まあさわりの第一話だけ。
posted by まっぴら at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月06日

ナカセンドーとモダン焼き

禁煙初日...うっきーっ!煙草が吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい...。

nakasendou.jpg


さて、お中元シーズン。駅前デパートへ買い物に出かけがてら、久々に本屋に立ち寄り、旅行の棚にこの本を見つけました。
「街道めぐり 中山道 風の旅」。以前テレたま(テレビ埼玉と群馬テレビの共同企画)で週一回15分番組として放映されており、作曲家/ピアニスト 村松健さんが旅人としてお江戸日本橋から始まる中山道宿駅六十九次を歩き、街並みに残るかつての宿場の面影や、さまざまな風物や歴史を紹介する旅番組のガイドブック=書籍化です。ローカルな紀行番組でしたが、前作の「鎌倉街道 夢紀行」も、実にひなびたええ番組やったわ。
さて中山道。ボクが今回購入したのは【日本橋−碓氷峠編】。
他【軽井沢−馬籠編】、【落合−京都編】が刊行されています。(A5変形/並製)興味のある方にはちょっとお勧めですね。子供は先月修学旅行で京都に行ったばかりですが、親父はその主街道である中山道に興味がある。(笑)

テレビ埼玉・群馬テレビ共同制作「中山道 風の旅」番組ホームページ
http://www.tv-saitama.co.jp/wind/index.htm

ボクの住む街は中山道の宿場町、今は僅かに何百mか地図上では残っておりますが、鎌倉街道も横切っていたのですね。(驚)御神体の鍬を祀る鍬神社や、鶴松・亀松の伝説(大戦末期の航空燃料=松脂確保の為、街道から伐採。)など初めて知りました。何よりも厄鬼払いで、屋根に鬼瓦と同じう鍾馗様の置物を上げるという風習は、確かに駅前の旧家によく見受けられました。(落雷避けって聞いていたんですけどね。)

またお隣の宿場町(否!隣町(笑)には、古くから残る本陣建物の一部が現存しており、文久年間皇女和宮一行が東下した折、宿泊した事から県指定文化財となっています。これはね。中山道六十九次は、東海道ほどは天候に左右される難所が少なかった事と、輿入れの道中「今切の渡し」、「薩多峠」など「切れる」、「去る」など連想させる縁起の悪い地名が無かった事から中山道が選ばれたそうなんだ。
江戸時代後期の旅籠の面影を今に残す「武村旅館」も有名ですけどね。
ちなみに上京の折、新撰組の芹沢鴨が宿割りで暴れたのが中山道本庄の宿。

お昼ごはんはテイクアウトで、ぼてじゅうモダン焼きを食べておりました。
modanyaki.jpg


知識と空腹が満ち足りたところで...ううっ!煙草が吸いたい吸いたい吸いたい吸いたい...。と無限スクロール。(号泣
posted by まっぴら at 18:00| Comment(6) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

大名廃絶録

daimyou.jpg

著者である南條範夫氏は近年鬼籍に入られてしまいましたが、文春文庫の「大名廃絶録」という本を読み耽っておりました。昔のお武家さんにとって、通常身の立て方はイクサ場において、戦勝側について活躍し、公に認められて「論功行賞」というのを積み重ね、成り上がっていくわけですが、現代人よりも領土的安堵や執念と言ったものが異常に高かった時代。有名なところでは「元禄赤穂事件」、お芝居の「仮名手本忠臣蔵」でお馴染な赤穂藩などもそうですが、「お家断絶」や「除封」、「減封」と言った厳しい処置はまったくの悲劇で、時の幕府の大名統制策の中ではもっとも苛酷な政策なのであります。今の世で言い換えれば、職場で肩を叩かれる「解雇処分」や「減俸」の類でございましょうか?いやいや、地位も名誉も住まいすらも雲霧散消一夜にして無くなってしまう事から、極めてオオゴト!

この当時は、世嗣断絶(世継ぎがいない)、御法度(幕法=武家諸法度違反)、乱心(狂疾=執病)などが理由の多くとしてあげられますが、このうち御法度に関しては解釈の幅が非常に広く、無断通婚や勤務懈怠、行跡宜しからず=謀反の嫌疑ありなど、様々なあらぬ嫌疑を掛けられて「領土没収」、「家名断絶」など断行されてしまった例が多かったそうな。江戸幕府初期などは幕府の勢力(威信)拡大の為、関ヶ原勝利の為に抱き込んだ旧豊臣系の外様大名の淘汰を目的に、果断苛酷な制裁処置が降されたそうですが、圧倒的な幕権が確立した中期以降は宗家・分家の政権争奪の果てに敗者側に(一方的に)通達される例がほとんどだったそうです。

結果、江戸期は240にも及ぶ大名家がお取り潰しになりました。中には徳川家の創生の中核をなした一門・譜代大名の家ですら、お取り潰しの槍玉に上がった。これは「一門でも容赦しない」という見せしめ的態度を誇示して、天下諸侯を畏怖させる目的も含まれたというから凄まじい。ですから徳川政権と言うのは諜報・監視を伴った閉塞された社会だったのですね。この本はそれら諸侯の名から、主だった松平家、安芸福島家、宇都宮本多家、肥後加藤家などなど、12のエピソードを拾い上げてドラマティックに描いております。
posted by まっぴら at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月10日

東叡の山色 秋烟を鎖(とざ)す

知名度的には「動物園」や「博物館」「美術館」などで有名ですが、東京・上野のお山やそのお隣の日暮里・谷中界隈を散策しますと、古くからの寺社仏閣の門塀には未だに大中小からなる様々な孔が無数に開いています。これらは戊辰上野戦争の時、飛来した銃弾の貫徹孔だそうですね。なんでも立て篭もった彰義隊隊士に、包囲した官軍が銃撃を浴びせたんだそうですよ。
syougitaiibun.jpg

今読み耽っている本の御紹介。森まゆみ著の「彰義隊遺聞」。幕末に忽然と現れたこの団体。元は大政奉還後の征夷大将軍徳川慶喜警護のため一橋家家臣の渋沢成一郎や急遽幕臣に抜擢された天野八郎らにより結成された尊王恭順団体(有志)。官軍がせまり来る最中、江戸の治安維持目的もあったそうですが、江戸城の無血開城が決定した後も、徳川家祖廟・宝物守護を名目に上野寛永寺に居座り続け、やがては官軍と一戦交えようと血気盛んな脱藩兵が続々と参加、にわかに膨れ上がり一大勢力となってしまう。やがては徹底抗戦派と恭順派とに大きく分裂し、上野戦争に突入して官軍の最新式アームストロング砲の砲火の中、壊滅の道を辿ってしまうわけです。

この「彰義隊」。「新撰組」などとは様相が違い、団体の活動期間が僅かに四ヶ月。政治的、打算的と非常に地味で、後世においても「烏合の衆」「歴史の仇花」と、敗者の側面から一方的な言われ方をしてしまう。この本は地元に生まれ育った筆者が「地域史の発掘」と「定着」を目指して、古老からの聞き取り調査や資料から丹念にリサーチをして纏め上げられた一冊でした。かなり読み応えがありますですよ。

戦死者は205名と言われ、その犠牲者の多くは見せしめの為に野ざらしにされたそうです。また戦後の官軍(新政府軍)による残党狩りも「彰義隊」に限っては熾烈を極めたそうですが、新政府に罪を咎められるのを承知でご供養なされた地元有志の方もあるそうで、太平の世にだらけきってかつての「旗本八万騎」が機能しない。また「勝てば官軍」という風潮の最中にあっても、将軍さまお膝元の江戸市中にあっては、意外とその人気は根強いんだそうですよ。
posted by まっぴら at 18:00| Comment(2) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

Voaryのシニヨーレ

senor.jpg

先週の通勤時、手にした一冊が、「安土往還記」辻邦生著。新潮文庫。
先の倶楽部録!「アンゴトカズサノスケ」にも書いたのだけど、上総之介の描写において「他とは違った切り出し口」を見つけるというのが自分的マイブーム。

「かつての戦国大大名を国公立大卒に例えるならば、上総之介だけは私学の芸術大卒のようなイメージを持つ」と書いたのは、司馬先生であっただろうか?なるほど言い得て妙。

さてこの作品、一言で言うならば、「文学世界の元亀天正モダニズムに酔う」とでもいうか?古い作品なんですが、文章装飾(遊び)と、着眼点が面白かった。

16世紀末、イエズス会聖職者を「ひのもと」に派遣する為に渡来したジェノバの一船員の目を通して、Voary(尾張)の大殿(シニヨーレ)を力強く活写している。

Sacumadono、Xibatadono、Faxibadono、Aquechidonoといったジェネラーテ(諸将)を猟犬の様に率いて、妥協や自愛を排除し、敵対するDaymeos(大名)やBonzos(坊主)といった宗教的戦闘員と徹底的な殲滅戦を展開するカピターノ・ジェネラーテ(総大将)。

「首と胴が繋がる屍体を残してはならぬ。眼が開く者は眼をえぐれ。首しか残さぬ者は耳鼻を削ぎ落とせ。敵の腹を裂く勇気のない者は、自らの目を覆ってもそれをなせ。××に属せしものは一木一草とても形とどめしてはならぬ。」...と、メディチやピサロやコルテスのように「情無用」と恐れられてい東洋の独裁者。

エスピンガルダ(長小銃)、アルカブス(短小銃)を駆使して、3段構えの小銃戦(欧州野戦術)を彼に伝授したのが、主人公という設定なんですけどね。

彼(シニヨーレ)が愛するのは、栄耀栄華の現世ではなく、この世の道理。機能や能力といった、理にかなうものを徹底的に愛するという。遮る物は玉石共々、最後にはFonnnoxiにおいて、己までをも砕いてしまう。目標を成就させようと、あるいは完璧まで高めようとする意志に忠実なキャラクター。これが主人公の...宣教師といった宗教的フィルターを介さない、青い眼を通して描かれているというのが非常に本作品の面白いところでした。生きることに併行して求められる高貴さの正体とは何なのだろう?とついつい考えさせられました。

ちなみに劇中、上総之介とも、信長とも、織田殿とも一言も出てこない...。ひたすら、Voaryの大殿(シニヨーレ)。
posted by まっぴら at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

アンゴトカズサノスケ

nobunaga.jpg

『TATATATATAH!』

文章に描かれた「信長像」は、やはり司馬作品に代表される『国盗り物語』が有名だろうか? 最近では『下天は夢か』や『鬼と人と』もいい作品だった。

接骨院の先生に古い文庫を戴いて、狂喜し、貪り読んだのが、
この『信長』で。
『日本文化私観』、『堕落論』、『白痴』で知られた昭和文壇の鬼才、坂口安吾の隠れた傑作ではなかろうか?

自らを“落伍者”と位置づけ「生きよ堕ちよ」と積極的堕落の道を進め、自主的に真実を掴み取る術を説き続けたあの過激な文学は、生きる以上永遠に純潔でありえない人間の哀しきも説き、敗戦後の混迷にあえぐ民衆もさることながら、多感であった高校時代のボクの心にも衝撃を与えた文学作品であった。

以後『木枯の酒倉から』や『風博士』、真珠湾九軍神を取り扱った『真珠』、『鬼の褌を洗ふ女』も全て読んだけど、当時文庫化されていない「安吾史観」や「安吾捕物帖」に関しては、ついに網羅していなかったのでした。

『信長』は安吾がもっとも愛した歴史上の人物だったそうで、後の司馬文学に紹介されている様に、合理化された人材抜擢や老朽の淘汰(駆逐)に代表される「機能の権化」たる以前を....筆者と主人公(青年)が人馬一体と化した様な無邪気さ・溌剌とした活力が文章に漲っている作品なんですね。

物語は濃(の)が上総介(かずさのすけ)=信長に政略結婚させられた時期からスタートし、徹底的に傾いた阿呆ぶりも、「あっちこっち命がけ」を座右の銘とし、滅亡から出発したこの破滅型作家に似て、豪放磊落、無頼な描写。歯切れのよい啖呵でもまくし立てるように描いている。
美濃の古蝮=道三との新旧、魂の交感を果たし得た時代を経て、歴史の檜舞台ににわかに躍り出で、桶狭間で義元を討ち破り、熱田の街に凱旋するところで、惜しげもなく幕を引いている。若き上総介の奇跡とこれからの栄光に足を踏み出した刹那のところで、幕を下ろしている辺りが、実に煌びやかで天晴れな幕引きなんですね。

天下の如きはなにものでもなく、死のうは一定。彼はいつ死んでも良かったし、別に病み呆けていつまで生きてもよかった。苦心経営や全ての勘考...「生きる」というのは、命がけの「全的な遊び」と前面に押し出しちゃっているんですね。それだけのための時間領域。

八方破れの安吾が完全に感情移入しちゃってる。

愚劣であり無邪気であるというのは、案外大事な事かもしれないな。
普段は人気者でありながら、三者面談で担任の前で、妙に緊張しているセガレを傍目に見ながらなんとなくそう感じたね。

『PAPAPAPAPA!』

さて、フロツクコートをはためかせ、風博士と共に今宵は去る事としよう。たまには小ざかしき猿めが登場しない信長記も面白いですね。ガスパッチョ♪もいいけどさ。(笑)
posted by まっぴら at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

最後の撃墜王

光人社NF文庫刊の「最後の撃墜王 紫電改戦闘機隊長 菅野直の生涯」(碇義朗著)という本をようやく読み終えました。久々に読み応えのある一冊でした。

saigonogekituiou.jpg

映画のムビログでは以前「太平洋の翼」という戦争邦画を取り上げましたが、この映画のモデルになった実際の人々やお話の方です。

太平洋戦争の末期に日本本土に来襲する米軍機パイロットを震え上がらせた愛媛松山に展開する第343海軍航空隊「剣部隊」。豪放磊落にして勇猛果敢な戦隊指揮官「菅野直(かんのなおし)大尉」(宮城県角田市出身)の伝記です。
戦闘機専攻学生になった時期は、相当数乗機をぶっ壊して「デストロヤー」の異名を頂戴したそうですが、後に「神風」と呼ばれた最初の特別攻撃隊「敷島隊」に志願・編成する関大尉とは、兵学校七十期と同期だったそうですね。「空戦技倆が抜群」であったが為に志願は受け入れられなかった」との事。

後に比島戦域から引き抜かれて、内地に転属。新しい戦闘機隊の飛行隊長に任命されるのは先の映画と同じ経緯。
http://mappiragomen.seesaa.net/article/40267328.html
最新鋭機「紫電改」を駆った後は、映画以上に阿修羅の如く奮戦する。「剣部隊」はB-29を初めとして、ありとあらゆる機種を相手に獅子奮迅の戦を展開。「何が何でもしぶとく生き抜いて、再度出撃する」を前提に、望みの無い本土防空の防波堤となりました。

昭和二十年八月一日、傷ついた搭乗機と共に屋久島上空で消息を絶ってしまいますが、その最後は日米共に諸説が入り乱れ、ようとして知れない。
極限の最中、リーダーシップを発揮できる人材だけに、後の平和な時代においてその能力が発揮できずじまいに終わった事は惜しまれてならない。「戦争」という局面を肯定出来ないのは周知の事実だが、有益でかけがえの無い逸材が無意味に失われるというのは、まったく愚昧な行為に他ならない。

資料的に錯綜するのは、同著者の「紫電改の六機」というノベライズを参照、ないし常に「詳しくは〜」と紹介されているのだけど、この本とは「対」とか「姉妹本」になるのでしょうか?こちらの本は買い逃しているで、なんともいえないけど...。
posted by まっぴら at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

山師の勘

kansuke.jpg


ボクは普段あまりTVを観ないのですが、今年のNHK大河ドラマ「風林火山」はなるべく欠かさずに観ています。放映当初は例年に比べて随分地味な印象を受けましたと書くと怒られてしまいそうだけど。(笑)

それにしては、主役である「山本勘助」(僧形時は「山本道鬼斎」)という人物は、実在したのか?しないのか?はっきりしない人物だそうで。描く側も演じる方も苦労していると思いますが、謎が謎呼ぶ人物だけに歴史ロマンを大いに掻き立てられる題材ではなかろうかと思います。

彼が唯一登場する古文書は、江戸初期に編纂された「甲陽軍鑑」。武田家重臣高坂弾正忠昌信(春日虎綱)が記したとされる覚書(原本)を頼りに、幾代か書き継ぎ足した物を、江戸時代に甲州流の兵学者小幡景憲が編纂した(し直した)軍学書なんだそうな。
元々徳川氏は、仮想敵であった(実際は戦争に大敗していますが)武田氏の戦略や戦術などの“武田研究”が盛んな家だとか。(武田の旧臣を召し抱えたりとか、井伊家の武装に「赤備え」を配したりと、並々ならぬ“武田マニア”なんですわね。) 当時としては志ある者は仰ぎ見るほどの一級の軍学書だそうですけど、最近の研究(近代の実証主義的歴史学)だと、誇大な脚色が多く、描かれた軍談も半ば“講談”の範疇に入っていて、史料性は低いとか言われている。更には当の小幡は、甲州流軍学者が売り口上の割には、甲斐には足を踏み入れた事もないそうで、細々とした描写の執筆にはかなりの無理があるんじゃなかろうかと。(笑

ここに登場する「山本勘助」なる人物は、築城などの“軍事土木”と“軍事戦略”に長けた「天才軍師」として登場するそうなのですが、実在しない架空のキャラクターなんではなかろうか?とさえ言われています。高坂覚書の書き継ぎには仏門に帰依した道鬼斎/勘助の実子も居ったらしく、当時は「先祖(父)を誇大に美化し活躍させる風潮」も相まって、モデルとされた名も無き人物を「武田家二十四将」の一人、お抱えで懐ガタナの「超一級軍師」と創作されてしまう事情も何やら頷ける。

調べてみると実に様々な情報があって、「菅助」なる人物が主君の書状を携え口上を申し伝えたとされる古文書が明治期に発見されたとか。「主君」直々となると軽輩の仕業などではなく、れっきと実在した人物で、伝令や連絡等を司る、今で言う「通信将校」の様な役割だったのではなかろうか?と説がありました。これなど実に面白い仮説。

元々伊豆・甲州なども含めて東国一円は、古くは頼朝の時代より都から遠く離れて一種「治外法権地帯」。土着の国人や地侍が中央集権化を嫌い、自立性も極めて高い。武田氏が勃興し、晴信(信玄)の父“信虎”が苦心の末、武力をもって力づくで平定し、各地侍を家臣団に組み入れ、集権化を推進したところで、(周辺の国々との絶え間ない合戦に疲弊する領土も含め)律令制から脱却し独自の経済圏を持った開墾地主(国人・地侍)や、先祖代々から地所を受け継ぐ地元住民が、強く反発しないわけがない。
ついには晴信がクーデターを起こし、父“信虎”を領国から追放してしまったとされているが、実際は“取り巻きの重臣(国人)達が先導して起こした反乱”で、晴信自体は深く関与していなかったという見方が強くなっている。
(注 信虎の性格、更には強引過ぎる領国経営の手腕は、後に孫に当たる“勝頼”に純粋に遺伝し、老臣は相次いで離反し、武田家は一気に瓦解・衰亡の道を歩むのは歴史の皮肉。)

ここで「領内の動揺を抑える目的」の為に、板垣や飯冨(おぶ)といった武田家重臣が、嫡子“晴信”を担ぎ出したというのがポイント重臣の後押しがあって初めて領主となれた晴信であるから、ただでさえ独立心旺盛の家臣団の統率には、その後の甲斐経営のキーワードとなった「人は石垣、人は城」といったような“結束”と言ったものに、神経を過敏に細心の注意を払っていかざる負えなくなる。
事実「反乱を未然に防ぐ為」“乱破”や“草の者”といった忍や間諜を数多く召し抱え、「重臣を監視」させる一大諜報網を領国内に構築したと言われている。ですから、先の「菅助」なんて「情報収集技能力者」、あるいは「それらから齎された情報を集積する管理者」が存在がしたとしても、何らおかしくない環境だったわけである。

空想してみまするに、ボクなどは彼は別段「軍事知識」に飛びぬけて精通していたわけじゃなくて、一介の情報伝達者や管理者が自己肥大し、(自らの栄達の為に「武芸者or軍学者」として自身の売り込み活動も踏まえた上で)集積した情報の上に自分なりの戦略なり戦術なりを立ててみたくなったんじゃないのかな?と思うのです。(後の川中島の「きつつき戦法」なんていう「別働隊運用」などは、なんとも野武士か?追い込み猟のように泥臭いやり方だし...。)「あわよくば軍師になりたかった軍事マニア」。他の重臣を差し置いて、自らを脚色し続けた人物だったのではなかろうか?と思うのですが、如何な推理でございましょうや?

ボクは「勘助」というと、何かと放送禁止用語が付き纏う「ブオトコ」で、過去に演じた西田敏行さんのイメージが強く憑いて回るのだけど、最近ようやく内野聖陽さんのイメージがしっくり来るようになってきた。今後放映局には是非とも頑張って戴いて、痛快極まりない発想を取り入れた番組制作をお願いしたいと思います。
posted by まっぴら at 22:00| Comment(2) | TrackBack(2) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

課題図書

コセガレの夏休みの学習課題の一環として、「課題図書」というものがあるそうだ。まあ、これを読破して読書感想文を登校日に提出しなければならないそうでして。
そのうち一冊は指定されており「走れ!やすほ にっぽん縦断地雷教室 上 泰歩著 国土社刊」という、ちょっと変わったタイトルの書籍を早々に書店で購入した。ちらっと覗いて読んで見たところ、著者の上 泰歩さんという女性は、マウンテンバイクに寝袋と火薬を抜いた実物の地雷を詰み、北海道から沖縄まで、地雷の怖さとこんにちのカンボジアの苦悩を伝える3.500kmの一人旅に赴いたという、なかなか勇気ある感動の記録だった。

hashireyasuho.jpg

そういえば確か数年前「地雷ZEROキャンペーン」の一環として坂本龍一氏プロデュースによる国内外のミュージシャンが参加したキャンペーン・ソング「ZERO LANDMINE」を聴いた事がある。
まだカンボジア国内には、推定して400万から600万個の対人地雷が、大地に潜んで息を殺している。この一発数十円(!)にも満たない兵器は、踏んで負傷した兵士の後送による“部隊の戦力低下”を目的(だいたい2名から3名ぐらいで搬送する)としており、それゆえに爆発すると足や下半身を確実に破壊するように作られている、実にタチの悪い兵器だ。

また彼等は兵士と違い、休憩や睡眠、食事もとることなく半永久的、自動的に働いてくれる。だが彼等には兵士も民間人もまったく見境がない。
現地の人は、危険な「地雷原」と知りつつも、家族を養う為に畑を耕さなければならない。ここでわざわざアンダー・ラインを引っ張ったのは、“知らなくて耕しに行く”のではなく“知っていながらも悪魔の花園に出て行かなければならない”という事が最も重要だからだ。これ以上の悲劇がこの世にあろうか?
またイタイケで腹を減らせた子供達は、土から露出したロシア製地雷を“おもちゃ”か?“肉の缶詰”か何かと錯覚して拾いに行くんだそうだ。地雷はわざとそういう風な外観を持ち、初めから“錯覚するような容器”に、夥しい炸薬が詰め込まれている。つい夢中になり貪り読んだ。

是非ともこのような残酷な兵器を一刻も早く駆除し、犠牲者を減らさなければならない。

さて、自由課題としてもう何冊か、タカチは読破しなければならないわけで、皆目何を読ませたら良いかよくわからず、また購入するにもタダではないし、甚だ困惑してしまった。それで今までまったく利用したことのない...当方と何ら無縁だった市の施設である「図書館」というのを利用してみることにした。

今日の日中「ものは試し」と東口まで出かけてみると、思いのほか利用者が多く驚いてしまった。登録してカードを作ってもらうと、書籍が2週間借りられるそうでして。また返却窓口も各地区に分館があるので、わざわざ暑い中自転車漕いで東口まで来なくともよく、こりゃなかなか便利。1階が子供、2階が大人の読む書籍との事で、何度も往復して親子して相応しからん書籍とやらを漁った。(セガレは電車の棚から動かないし、注意する親父は戦争に纏わる昭和史の棚から動かないし...笑)

2時間近く粘って、膨大な書籍の棚からタカチが取り上げた書籍がコレ。「ヒロシマ、八月、炎の鎮魂歌(レクイエム) 大野充子著 ポプラ社刊」。永田治子さんの描くこの扉絵に、つい釘付けになった。

hiroshima.jpg

本来大切なことなのに、忘れてしまいがちなこの“平和”。単なる“戦争ない状態”を指す対義語にしてはいけません。子供の本に教えられる事が多い一日だった。そういえば今日、8/06は原爆記念日。皆さんはどのような感慨を持って、この8/06を迎えられたことだろうか?
posted by まっぴら at 22:00| Comment(4) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

なぜ偉人たちは教科書から消えたのか

皆さんこんばんわ。「ガスパッチョ」CMの大ファン、まっぴらでありんす。
さて、久しぶりに駅前の本屋に行き、纏め買いで本を数冊ほど物色してきました。
その中の一冊に「なぜ偉人たちは教科書から消えたのか [肖像画が語る通説破りの日本史] 光文社 河合敦著」という本がありまして、あまりに内容が面白かったので早速レヴューしちゃいます。

boo060722.jpg


いわれてみて、セガレの歴史教科書を改めて調べたところ、ワタクシ達が学習した時分に掲載されていた「偉人の肖像画」というのが、かなり少なくなった事に気がついた。
そうです。歴史上の人物たちの肖像画が、最近の調査で“実は本人ではなかった!”という驚くべき結果が現れており、確かにあの凛々しい源頼朝(新護寺「伝源頼朝像」)や、「お札」で有名な聖徳太子「唐本御影」(聖徳太子及び二王子像)など、近年ほとんどの歴史教科書からその肖像画が消えてしまいました。
聖徳太子にいたっては「日本書紀」を編纂した藤原不比等の創作であるという説まであるとか。
その他、あの足利尊氏や武田信玄、西郷隆盛、etcetc...。

この本は、そんな人違いされたままの肖像画や、歴史の授業、TV・お芝居などマスメディアの影響でイメージが形成された歴史上の人物=23人の固定概念をひっくり返し、評価がガラリと変わってしまうこと請け合いの本でした。

個人的には“賄賂政治家”で悪名高い田沼意次が再評価され、年貢重視の農本主義社会の中にあって、株を公認したり、経済活動を活発化させその営業税の増収を見込んだりと、積極的なまでの重商主義で進歩的な政治手腕だったのが、意外といえば意外でした。

固い事抜きで楽しめる非常に読みやすい本ですので、歴史好きの方は如何でしょうか?
うぬ、ここで発句!「寝苦しい、夏の夜長は、読書かな」(笑)
posted by まっぴら at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月21日

男たちのダイワ

yamato.jpg


一応「お勧め書籍」というカテゴリでUPしました。
「チキン・リトル」と並び、この冬大変気になっている邦画に「男たちの大和/YAMATO」がありまして...。キャッチ・コピーが「もう会えない君を、守る。」う〜ん?「ダイワ」...。(笑) 角川映画が戦後60年にあてた記念作品との事。「天と地と」以降、何故かどことなくまっくら心に一抹の不安の影がよぎるのだけど、題材的には決して端からダメ病ではなくて、至って興味はある...実に“まっくら的”琴線には激しく触れまくる映画なのでありました。辺見じゅんさんの同名ドキュメントを原作として、「敦煌」の佐藤純彌監督がメガホン。更に音楽は宮崎作品で有名な久石譲。主題歌は長渕剛と...。6億円かけて巨デカいセット(原寸大 〜190m)を建てて撮影に望んだと言う、邦画らしからぬ入れ込みよう。
これは太平洋戦争期間中「世界最強」を謳われ、連合国から「幻の大戦艦」と恐れられた、日本帝國海軍の象徴「戦艦大和」が、菊水一号作戦(沖縄水上特攻作戦)において、3000余名の乗員と共に東シナ海で撃沈されるまでを描いたお話との事。劇場公開が「チキン・リトル」と同じ12/17(土)なので、どうしようか?まだ検討中なのですが、一応足を運ぶ予定であります。

それで、ちょっと予備知識を仕入れようと購入した文庫本が「ドキュメント戦艦大和 吉田満+原勝洋著(文春文庫)」。これがなかなか興味深い本でして、すっかりハマってしまいました。読んでいて気がついたのが、実はこの本、昭和50年に発行された「日米全調査戦艦大和」を改題、その新装版だったのですね。日米両国に残された資料から、日本側「菊水一号作戦」の概要(これは“航空総攻撃要領”だそうでして、“水上特攻作戦”自体は海上部隊積極的活用方針に根ざした作戦なんだそうですね)や、迎え撃つアメリカ機動艦隊の暗号解読情報「ウルトラ」、雷爆撃に参加した攻撃機部隊の戦闘詳報を、位置関係や作戦行動図・時間等を、作戦に参加した生存者・関係者89人の証言を交えて、事細かく丹念に調べ上げて纏めた大変資料性の高い本になっています。かのフネや映画に興味があられる方には“予備知識”の範疇でお勧めの一冊なのではないでしょうか?

documentyamato.jpg


大和ってね。船体が兎に角大きいんで「おーーーーーもかーじぃ!」って舵輪を回すと舵が利きだすまで大変時間が掛ったそうですね。もっとも“主舵”と“副舵”と2枚、舵がついているので、一度舵が利きだすと大変“小回りが利いた”んだそうです。ただ最終改装時に対空機銃をハリネズミ状態で増設したでしょ。ですから米軍機の投下する航空魚雷を転舵して回避する際、航空機を狙い撃つ対空機銃座の旋回速度が、艦の転舵速度についていけなかったそうですよ。それでも“数に物いわせて”襲い掛かった米軍機群は「15機のうち11機も命中弾を受けた」、あるいは「その対空砲火は大変正確だった」と作戦参加搭乗員からの証言が寄せられています。必死必殺の現場において、対空班員の技量はついにハードウエアの性能さえも凌駕してしまったんですね。愛する人々や祖国を護る為に、人間はそこまで強くなれるものなんだろうか?

咽び泣きそうになりながら、ふとこんな言葉を思い出したよ...。
「戦争に奇跡はつきものだ。狂気の中で人間は異常な能力を示す事がある。平和な時にそれを発揮できないのは残念だ。そうすれば戦争も避けられるのに。」
アリステア・マクリーン 「ナバロンの要塞」より


つくづく戦争は虚しい行為だよね。戦争反対っ!
posted by まっぴら at 21:40| Comment(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月25日

もう一つの陸軍兵器史

最近読んで印象に残った書籍を取り上げてみる事にしました。
元々は制作頓挫中のプラモデル「M3LEE」の参考資料になるかと購入したのだけど、まっぴら的...う〜ん。自分的にはそれ以上、お釣りが来るほどのセンセーショナルな衝撃文献でした。秋の夜長に読む本としては、ちょっとネタ的に重たいかなぁ?

続きを読むか?読まざるか?
posted by まっぴら at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月01日

火砲アラカルト

haihou.jpg

最近珍しく読み耽ってる本。佐山二郎著、光人社刊「大砲入門」。幕末期の輸入砲から昭和期の新型砲まで網羅した日本陸戦兵器研究書。榴弾砲、加農砲、迫撃砲、戦車砲ととにかく図面が豊富で資料性としても傑出した出来かと。毎晩これを就寝までのひと時、寝床で読むのが何かと楽しみ。(←趣味の模型に何一つ反映されない。 笑)

日本国内、各地寺社仏閣に奉納(払い下げ)され、未だ点在する(と思われる)鹵獲火砲=露西亜3インチ軽砲、是非この目で観てみたかったりする。
posted by まっぴら at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | ブック・ログ(読書棚) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする