2007年01月03日

中島 キ27 九七式戦闘機

今日辺りになりますと、晦日からの痛飲に若干の疲れが生じる頃かも知れません。ワタクシメなどに至りましては、昨日のお年始先での呑み疲れに正直ぐたぁ〜っ...としておりまして(苦笑)だらしなく、おとなしくしておりました。この正月休みも明日1日残すのみで、もう5日(金)から仕事なんでスね。子供も同日から部活動だそうで、また一年すれ違いの日々が始まります。

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さて、この正月休みに当て込んで、久々の模型記事の投稿になります。
過去に中島戦闘機「隼」、「鍾馗」と作っていると、やはりコヤツは避けて通れない。陸軍機...軽戦闘機至上主義はここから出発したといって過言でない。「中島 キ27 九七式戦闘機
日本帝國陸軍航空隊が最初に装備した近代戦闘機でして、抜群の空戦性能を誇った傑作機でありました。

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...で購入したキットがコチラ↑だったわけですが、
Hasegawa1/48「中島 キ27 九七式戦闘機‘満州国軍航空隊’」。
初めはこのパッケージ・アートに忠実に作ろうかと思っておりましたが、物置から昔懐かしいコレ↓が出てきたんですね。(箱だけ)
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これもHasegawaの1/72スケールになりますが、「日本陸軍97式戦闘機」。何かコッチの方が格好いい感じがしたので、こちらの《マーキング及び塗装参考図》に則って作ってみました。
当時のキットの設計図によりますと、この機体は「飛行第1戦隊 第1中隊 井上重俊大尉機」だそうです。昭和十何年当時の塗装か?はよく分かりません。塗装は「明灰青色」という指定がありましたが、「陸軍航空機用材料規格・航格三九」を扱った資料を紐解きますと、昭和十四年辺りまで「一号灰緑色」という指定がありましたので、Mr.COLOR 56の「明灰緑色(中島系)」という色を使ってみました。カラーチャートと比べてみると間違ってなさそうなんですが、思いのほか随分と「濃い」感じが...?

(注)「〜倶楽部録!」は飛行機はおろか、模型も何にも分からぬ方々が多数おいでになられます関係上、拙い講釈を絡めまして、毎度の事ながら解説しております。この点ご理解戴きたく思います。(陳謝)

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2005年06月19日

九七式小咄

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 さて、我がライフワーク「九七式中戦車」。「平成十七年度上半期決戦主力戦車」は全ての作戦が終了したものの、「同半期決戦主力戦車(仮称)」てのは一体どうなったか...?
 ちゃんとあります。(笑)「〜上半期〜」の欠点を重々考慮して、キチンと“放置”してあります。基本色はもう吹いちゃってあるんですけどね。コチラの方はバフっぽく色を設定しました。この後どうするかはまだ決まっていませんけど、「M3 LEE」に息詰まったら時折弄り出してみたいと思っています。

↓そうそう。こんなのもありました!「生徒隊300号車」。人形がもう後少しなんですけどね。後一人!(熟成ワインが如く...否、通り越して“酢”になってしもうた!もう何年寝かせてあるんだろうか?)このカテゴリ「九七式小咄」で進展があった時には取り上げて見たいと思いますですぅ〜。てか完成しなけりゃ只の恥さらしみたいだ。(苦笑

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2005年05月28日

「九七式中戦車」のその後

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「ミンダナオ島で日本兵発見!」の報がTV・新聞等で飛び交う中、模型屋さんのショー・ウインドウから「九七式中戦車」を撤収してきた。お勤めご苦労様でありました!(敬礼)

しかし厭きもせずに例年同じようなものばかり作っておりますやね。だんだん“求道”とか“修行”の範疇に入ってきた。(笑)ですから「何がそんなに面白いんだ?」と問われてもこちらとしても返答に困るんだけども...。
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2005年04月15日

本土決戦における残存戦車兵力の配備状況

● 第五方面軍 北海道・千島担任

  戦車第二二連隊  帯広地区


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● 第一一方面軍 東北担任

  戦車第四四連隊  盛岡地区


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● 第一二方面軍 関東地区担任

 独立戦車第七旅団 
鹿島灘正面
  
  戦車第三八連隊  
内原付近

  戦車第三九連隊  
鯉淵付近

  旅団機関砲隊   
友部付近

  旅団整備隊    
鯉淵付近

  旅団輜重隊    
大原付近


 独立戦車第三旅団 
九十九里浜

  戦車第三三連隊  
八街付近

  戦車第三六連隊  
千葉付近

  旅団機関砲隊   
更科付近

  旅団整備隊    
千葉付近

  旅団輜重隊    
更科付近


 独立戦車第二旅団  
相模湾正面

  戦車第二連隊    
厚木付近

  戦車第四一連隊   
海老名付近

  旅団機関砲隊    
海老名付近

  旅団整備隊     
長津田付近

  旅団輜重隊     
海老名付近


  戦車第四八連隊   
八街地区




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● 第一三方面軍 東海地区担任

 独立戦車第八旅団  
遠州灘正面

  戦車第二三連隊   
静岡付近

  戦車第二四連隊   
豊橋付近

  旅団歩兵隊    
新城付近

  旅団砲兵隊    
豊橋付近

  旅団工兵隊     
三ヶ日付近

  旅団通信隊     
三ヶ日付近

  旅団整備隊     
岩根付近

  旅団輜重隊     
三ヶ日付近




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● 第一五方面軍 近畿・中国・四国地区担任

  戦車第四五連隊   松山地区
  戦車第四七連隊   徳島地区



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● 第一六方面軍 九州地区担任

 独立戦車第四旅団   久留米地区
  戦車第一九連隊    
久留米付近

  戦車第四二連隊    
高良台付近

  旅団機関砲隊    
福丸付近

  旅団整備隊      
直方付近

  旅団輜重隊      
小竹付近


 独立戦車第五旅団   宮崎地区
  戦車第十八連隊    
綾町付近

  戦車第四三連隊    
八代付近

  旅団機関砲隊      
森永付近

  旅団整備隊      
高岡付近

  旅団輜重隊      
高岡付近


 独立戦車第六旅団   鹿児島地区
  戦車第三七連隊    
由野付近

  戦車第四〇連隊    
川辺付近

  旅団機関砲隊      
川辺付近

  旅団整備隊      
川辺付近

  旅団輜重隊      
川辺付近


  戦車第四六連隊     福岡地区
  独立戦車第一三中隊  鹿児島 
池田




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以上の他に関東地区には機動決戦兵団・第三六軍が存在しており、ここに一般師団七個と二個の戦車師団がありました。当時の関東地方の戦備は上の構成からも分かるように、鹿島灘、九十九里、そして相模湾とに区分されていました。そして各要所には沿岸防備兵団が配備され、これら何れの方面にも進撃できる遊撃集団が機動決戦兵団・第三六軍だったそうであります。たぶん「平成十七年度上半期決戦主力戦車」と嘯いたこの車輌は、赤字で示す部隊や箇所に実際にいたかも知れませんね。(笑)

第一二方面軍 関東地区担任 (方面軍司令部は東京)

第三六軍 (軍司令部は浦和)

戦車第一師団 細見惟雄中将 栃木県

戦車第一連隊   中田吉穂大佐
戦車第五連隊   杉本守衛大佐
機動歩兵第一連隊
機動砲兵第一連隊
師団速射砲隊
旅団工兵隊
旅団通信隊
旅団整備隊
旅団輜重隊
海上機動第四旅団(二十年六月に編合)

戦車第四師団 閉院宮春仁王少将 千葉県

戦車第二八連隊
戦車第二九連隊
戦車第三〇連隊
師団高射砲隊
旅団通信隊
旅団整備隊
旅団輜重隊

一般師団は
第二百一師団(川越付近)
第二百二師団(前橋付近)
第二百九師団(金沢から移動中)
第九十三師団(千葉付近)
第八十一師団(宇都宮南方)
第二百十四師団(宇都宮付近)
(終戦直前のデータ)

●  戦車第五連隊 
通称号・拓一二〇八三連隊 編成地・久留米 編成時期・昭和十二年八月二日 終戦時の上級部隊・戦車第一師団 
終戦時の所在地・埼玉県加須町 最終連隊長・杉本守衛大佐    
 昭和十三年一月、牡丹江省愛河に移駐。翌年九月、ノモンハン事件に際してハイラル方面に出勤した。十七年六月二十四日、編成改正により戦車第一師団に所属。二十年三月、内地防衛のため、釜山港を出て伏木に上陸後、栃木県金丸原に移駐。同年六月埼玉県加須町に配置され、同九月十一日、解隊・復員した。                          
〜 別冊歴史読本特別増刊 日本陸軍機械化部隊総覧 新人物往来社刊 参考



【05 04/15】 modelling diary再録〜
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2005年03月26日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 進捗状況.5

事後になってしまいましたが、ようやく完成に漕ぎつけました。ふぅ〜。

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平成十七年度上半期決戦主力戦車」は意外と反省点が多かった。自分的には「仮兵器迷彩要領」なる規定に振り回されすぎた気がします。黄色味がかなり強すぎ、また土地色に利用した艦底色(そのまんま)がそれに拍車をかけた。本当にドイツ軍の三色迷彩戦車みたいな仕上がりになってしまいました。不本意なのでまた機会を是非とも作ってトライしてみたいと思っています。
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2005年03月11日

椎井家の系譜(平成十七年度版)

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さて。今回も・車搭乗兵として、T社1/35 ミリタリーミニチュアシリーズNO.75 97式中戦車(旧チハ)のキットに付属する部品番号“贈11”こと“椎井 重市=しい じゅういち”さんをチョイスしてまいりました。おっと!ケツアゴはいただけねえや。首から上は“毎度冷や飯食いの舎弟”であられます“重八”さんにお手伝いしていただきましょう。
例によって、鋸挽きの極刑で各関節をバラバラ事件。これに真鍮線を通した後、お好みのポーズを執らせて各関節隙間をエポパテで埋めると...。どないでっしゃろか?

実際の写真で当時の方々を拝見しますと、第二種作業衣跨(戦車つなぎ)は意外とパッツンパッツンに着膨れしているように見受けられます。今回はそこまでは手が及ばなかった。また“袴”は乗馬ズボンのように膨らましております。(これは単に好みの問題か? 笑)
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2005年01月15日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 進捗状況.4

やっぱりドイツと間違えているような...。(悩)

う〜ん...。中期決算的にして幾分反省点も多かった。こういう三色迷彩塗装はむしろ第三帝國崩壊前夜のケーニッヒ・ティーガーの方が似合いだと思うんですが、東西の差異に捕らわれず、戦争末期の物資欠乏による“色彩的退廃感”がうまく伝わるかどうか?どうもイマイチ踏み外した感もある。
「仮兵器迷彩要領」とはまったく関係ありません。「SF」。ないしは「IF」戦車です。この場合、考証ではなく、ミステイク、イレギュラーの面白さの酔っている。勝手ながら「俺地覇」なわけでした。
“色彩的退廃感”というよりは“突飛”というか?“奇抜”というか...?この場合“手当たり次第ペンキさえ塗ってあれば偽装効果は別段構わない”と言う方が正しいかも?(笑)

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前述の基本塗装の後、パステルワークで全体的に埃っぽく(むしろ粉っぽく)仕上げました。ウォッシング作業だけではなく、これに加えて埃色で細かい掻き傷などを変則的に描いてみました。更にこの後、しゃぶしゃぶに溶いたブラックなどで飛び散ったOIL汚れや泥はねを描いてみました。また2Bなどの鉛筆でエッジを擦ったり、芯先で更に細かい引掻き傷を書いてみました。キャタピラはフラットオレンジ+フラットベースを凹部に流し込み結構大胆に塗りました。凸部はメタルカラーのシルバーを擦り塗り磨きこみました。
 随分汚しすぎたようなつもりでしたが、足回りはこう見ると結構きれいだなぁ〜。もう少し大胆に汚してもよかったなぁ〜。(笑)

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OIL漏れは「いくらなんでもこんなに酷くはなかろう?」と思うのですが、参考にした資料写真(戦後連合軍が撮影)はゴムパッキンでも痛んでいるのか結構ベタベタでした。う〜ん。思いっきり悩んじゃう...。
 後部エンジンパネルを含む、リアからの画像がありませんが、まだ未処理中。この後フィギュアを絡めた上で、“靴で闊歩した足跡”でも鋭く描き込んじゃおうかと考えています。

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今週の成果は取りあえずこんなものだろうかな???旭日の“残滓”というか“無残”というか?この頃の軍需動員計画の方針の資料を紐解くと「航空機整備ヲ最優先トシ、併セテ海軍資材、防空関係兵器器材ノ急速多量整備ニ努ムルモノトス。」とあり、その後の戦局の推移に伴い絶えず整備圧縮の波に揉まれ、各機甲化戦車連隊に「砲戦車中隊」はあれども、肝心の砲戦車は存在せず、便宜上余剰になった旧式中戦車を配備していた事実もあった。軍需動員の見地から見る限り、明らかに戦車を含む常設地上機械化部隊の生涯はこの時点で確実に終わりを告げていたはずである。極端に貧しく苦しい国力の元で、机上だけで展開された新型後継車輌の充備計画を待ちわびながらも、掻き集めた既存の戦力で、まともな欧米の機甲戦力と正面から“戦わざる負えない”のである。(肝心の模型がヘボいので説得力が無いなぁ〜。)

反省を踏まえた上で“其の参”塗装時に生かす事とする。ちとがっかりむしろぐったりしながらも来週はフィギュア制作をぼちぼち始めまする。

【05 01/15】 modelling diary再録〜
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2005年01月12日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 思案中

ここいら辺で今回の反省点をつらつら書きとめておく。このところ“メリハリ”というツボが見出せず戸惑う。戦車は職業柄“汚い”のは致し方ないが、毎度の事ながら“程度”というのは非常に難しい。今回粉末顔料を駆使してみたが、色調が全体的に明るくなりボンヤリした印象を受ける。どこで「引き締めるか?」 その見極めが難しくてもっか思い悩んでいる。(力量が無いのでいたく苦慮している) 現在パネルラインが交差する箇所など重点的に“墨”を流し、OIL漏れをしたような処理を加えている。この薄めブラックは粉末顔料に塗した車体に毛細管現象のように広がるので、その薄め具合・垂らし具合には事のほか慎重を要し爪楊枝の先を削り行うような作業だ。しかし何やら進駐軍に戦後鹵獲された放置車輌のようで、初期の構想から大きく外れてきた感がある。...で、この後に控えるフィギュア制作も絡め、もっか思い悩んでいる。
 今週は車体上下、この作業に取り掛かりっきりの様相で、その後鈍く光る金属面の再現や、細かい小物(開閉ハッチやフィギュア)の制作をのろのろと始めようと思っている。

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2005年01月10日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 進捗状況.3

パステルを数色サンドペーパーで細かい粒子状にして混ぜ合わせ、水性クリヤーや水性溶剤で薄く溶き、車体(特に下部)に塗りたくりました。完全にデッドマット化してしまいました。この事によりリベット・モールドの隅やパネルライン凹に埃が流れ込んだようになります。色調が全体的に明るくなりすぎたので、後に薄く溶いたブラックやダークアースをエアブラシで吹き“影”としてみようかと考えています。同様の処理はキャタピラ凹面にも施します。
 車体上部や砲塔は天板にあたる箇所に粉末状の同色パステルを筆で叩きつけ、埃が堆積したような感じを再現しました。側面にも同様の作業を施しますが、後に水やOILがしぶいた様な処理を施したいので、一連の作業工程とはまったく別の作業となります。実車白黒写真を見ると時々白い飛沫が見受けられますが、これは鳥のペレット(糞)かもしれません。物が物だけにその再現に抵抗は感じますが、再現すると公園の銅像の様にリアルな効果かも?てか単一化した色調で構成された箇所には、ポイントUP効果としてウッテツケかも知れません。

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デッドマット化したことで、何だか“死んだ車輌”のようになってしまいましたがな。当初もっと埃っぽい処理を考えていましたが、すでに表面を素手では触れなくなりました。指紋が残ってしまいます。もし触れてしまったら手頃な筆で軽くリタッチしましょう。粉末顔料の定着は今後の課題としてみます。

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2005年01月09日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 進捗状況.2

部隊マーク・デカールは安易にF社「一式中戦車」からチョイス。これは戦車第五連隊・連隊本部所属車輌の物で、中隊マークを表しているそうだ。四角白地に赤は連隊本部の印。前回の“日章旗”の刷り込みがあるので、ホントは白地に青の方が良かったかな?(第五連隊は昭和12年に北九州久留米にて編成され、翌年満州に派遣。内地防衛のため満州より栃木県に移動。その後移駐した埼玉県加須町で終戦を迎えた)

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若干のチッピング(掻き傷)を車体戦闘室付近、砲塔、フェンダー周辺(エッジ)に施してみました。土色に明るく調合した艦底色を宛がっているのであまり映えません。フラットブラウンで浮錆を流してみました。大胆にフラットオレンジなどを使うと効果的かもしれません。
“錆”表現は調子に乗ってあまり入れすぎると“歴戦の勇姿”になってしまうので注意が必要です。
返って上面が埃塗れ、OILがところどころ滲んでいる様な表現の方が、この場合自分のイメージに適切かも知れません。“埃”“泥”汚しは通常作業の倍は時間がかかるので(自分的には)比較的注意が必要な作業です。

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掻き傷の処理は、戦車運用上障害物に衝突するような辺り。結構な頻度で構成部品同士が触れ合うような箇所。搭乗員が乗り降りの際、足蹴にしそうな部位を重点的に施しています。(対物の素材を常に想像しながら) ただ箇所に埃や泥が付着・堆積していた場合、前記の要因で“汚れを拭ってしまう”場合が往々にあるので、汚し作業の優先順位を絶えず考えながら作業しましょう。拙作はいつもここで作業工程が混乱してしまうのです。また掻き傷の周囲や下地の塗料が傷自体に何らかの形で干渉してくると、リアルさが膨らんだりします。

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2005年01月08日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱 進捗状況.1

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 毒喰らわば皿まで的「九七式中戦車」“其の壱”進捗状況。取りあえず今のところまだこれぐらい。(だいたい40%の出来具合かな?)
 足回りの転輪ゴム部塗装。砲身とOVM、搭載機銃、アンテナ、星章、ヘッドライト。
 足回り転輪ゴム部 劣化を考えてフラットブラック+フラットホワイト。要するにグレーですわな。(笑)
 搭載機銃 フラットブラック。ちなみに車体前面搭載機銃は放熱カバーを外した状態。
 アンテナ メタルコート・カッパー(銅)。光り輝く。これでいいのか?
 砲身と十字鍬(ツルハシ)、円匙(シャベル)、金梃子(カナテコバール)、起重機(ジャッキ)はカーキ。ただしうんとこさレッドブラウンを混ぜ込みました。これは軍装品屋で市販されているサクラヘルメットなどの鉄帽の色を意識しました。
 作業後、ブラウン系のタミヤエナメルで若干ウオッシングを施しました。
 これからF社「一式中戦車」からデカールを少々戴いて貼り付け、チッピングやウオッシング、その後パステルなどを使って本格的な汚し塗装開始です。気力が無事持つかどうか...?

 時々画像を弄ってモノクロームに加工してみて、資料写真と照らし合わせたりします。(あまり意味ないが...。) しかし本当に何色で塗装されたんでしょうね?これが面白くてチハ弄り...しいては模型制作が辞められないわけです。パッケージ・アートのような絵画的塗装は確かに格好いいのですが、未だ模型塗装では成功した例がない。

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今回は末期的車体が興味本位で先行してしまい、搭乗員たる戦車兵・歩兵のポーズが未だ決まっておりません。最低でも一人は作りたいのですけど、どのような装束でどんなポーズをつけるかはまだまだ先の事。また引き攣り顔の“椎井さん”をトレードしてこようかなあ...。


【05 01/08】 modelling diary再録〜
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2005年01月05日

平成十七年度上半期決戦主力戦車 其の壱

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 戦車製作は5ヶ月。模型制作は実に3ヶ月ほどスパンが空いてしまいました。
 正月休みを利用して久しぶりに取り組んでみようかと思いました。
 またしても「チハ」こと、「九七式中戦車 生産後期型もどき(仮称 其の壱)」。(画像右が現在作業中 左が其の参)
 砲塔は旧チハ。車体はチハ改と挿げ替えました。生産過渡期に若干数確認できるハイブリッド車輌(最後期型)のつもり。運悪く(?)敗戦時あたりまで生き残ってしまった中古、再生、リペイント車輌という線を意識したつもりです。
 まずは基本色を“真っ黄黄”に吹き付け塗装しました。これはドイツ戦車のダークイエローより更に黄色くなる調合を施しています。下地にマホガニーを吹いているので、隠ぺい力も考慮して若干のフラットホワイトも混入。ハッチは閉じ状態ですが、これはジャンクパーツをマスキング用としただけなので、実際は開放状態として何らかの日本戦車兵フィギュアを配置させようと考えています。

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次にグリーンとブラウン色を数段階濃淡バリエーションを作り、雲形マダラに三色迷彩。日本軍お得芸の筆塗りで塗らずにエアブラシで吹きました。彩度の色褪せた末期的様相を理想としたのですが、何だかパンター戦車に代表されるドイツ軍の戦闘車輌みたいにとてもゴージャスだなぁ〜。「仮兵器迷彩要領」なんて規定は、当時ある程度ドイツから国内に情報が入っていたんでしょうかねぇ?今まで塗った事ない迷彩が演出出来まして、目新しくも奇妙な雰囲気がとても気に入っています。

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本土決戦準備のために関東地方に展開した戦車連隊があったそうで、九七式中戦車改や一式中戦車を配備した部隊の解散式写真を観た事がありますが、奥まった方に数輌鉢巻式アンテナが確認出来ました。中古車輌はともかく、本土配備組か大陸帰参組かわからないが、果たしてリペイント出来るゆとりがあったか否か?何やら遊就館の復元車輌みたいな雰囲気もあるわなー。

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【05 01/05】 modelling diary再録〜
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