2005年09月04日

ZOMBI DAWN OF THE DEAD 20th ANNIVERSARY SPECIAL EDITION

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その昔は輸入版のレコード屋さんに行くと売っていた「DOTD」サントラがコレ。店頭には当時“イタリア”版と“アメリカ版”の2種が存在し、A面1曲目、2曲目の順番が違いました。ちなみにこれはイタリア版「ZOMBI」。(注.イタリア版曲名の脇に、英語版曲名を表記)

ZOMBI」 music by Goblin

【LATO A】(side A)
1.『L'alba dei morti viventi』(Dawn of the Dead) 
2.『Zombi』(Zombie)
3.『Safari』(safari)
4.『Torte in faccia』(Pie in Face)
5.『Ai margini della follia』(Edge of Madness)
【LATO B】(side B)
6.『Zaratozom』(Shriek) 
7.『La caccia』(The Hunt)
8.『Tirassegno』(Target Shooting)
9.『Oblio』(Oblivion)
10.『Risveglio』(The Awakening) 



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さて。今日購入したこの輸入版CDは、「DOTD 20周年記念版」「ZOMBI DAWN OF THE DEAD 20th ANNIVERSARY SPECIAL EDITION」なんだそうですね。(ただしまっぴらはイタリア語はおろかローマ字もかなり怪しい為(笑)、「DOTD」劇場公開20周年版なのだか、「Goblin」の何某の20周年記念版だかよくわかんないのでありました!)

ZOMBI DAWN OF THE DEAD 20th ANNIVERSARY SPECIAL EDITION」 music by Goblin

【収録作品】
1.『L'alba dei morti viventi』 
2.『Zombi』
3.『Safari』
4.『Torte in faccia』
5.『Ai margini della follia』
6.『Zaratozom』 
7.『La caccia』
8.『Tirassegno』
9.『Oblio』
10.『Risveglio』
11.『L'alba dei morti viventi (alternate take)』 
12.『Ai margini della follia (alternate take)』
13.『Zombi (sexy)』 
14.『Ai margini della follia (alternate take)』 
15.『Zombi (Supermarket)』 
16.『L'alba dei morti viventi (Intro-alternate take)』 
17.『Zombi (The living dead's voices!)(Bonus track)』 


あっ!収録曲数が増えてるぅ〜!コイツはなんか超得した気分だ!青字の曲は聴いてみると実際劇中で頻繁に使われている曲(ヴァージョン違い)でした。11.『L'alba dei morti viventi (alternate take)』などは、ショッピング・モールに始めて降り立った時、ピコポコピコポコ♪と鳴り響いていた曲でした。こっちの方がメインテーマに相応しいのでは...?

しかし、こないだ購入した「Unreleased Soundtrack Music from George A. romero's DAWN OF THE DEAD」にも、ついに“ピーター復活!”のテーマは収録されていないのです。あのUPテンポの曲を聴きながら朝目覚めると、かなり気分爽快、元気溌剌で飛び起きられそうな気がするのですが、誰か知らないかい...?
posted by まっぴら at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

インプレッション・オブ・ザ・デッド・サーガ vol.2

一部ネタばれ注意!
ランド・オブ・ザ・デッド」。引き続いて俳優陣のインプレッションを一席。

主役の傭兵隊長“ライリー”を演じたサイモン・ベーカーは、どちらかというと洋物アニメのチーム・リーダーっぽくて、率直に言うとどうもロメロ作品に似つかわしくない印象を受けました。パッと見、ジャン・ポール・ベルモントの、もう少しアクを抜いたような古典的雰囲気を持っておられる俳優さんでした。

娼婦“スラック”を演じたアーシア・アルジェントはイタリアン・ホラー映画監督にして「DOTD」の資金出資者ダリオ・アルジェントの実娘だそうでして、ヒロインにしては後半少し影は薄くなるものの、本編中なかなかいい味を出して居りました。

“ライリー”に御付の火傷顔の助手“チャーリー”はロバート・ジョイが演じていましたが、手渡された最新式9mmパラベラム・マシンガンには一瞥もくれず、ひたすら愛用の「M1 カービン」を片時も手放さない特級射撃手。親指を舐め照星を弄くる癖(動作)は懐かしの戦争映画「ヨーク軍曹」そのもの。オマージュしております。このキャラクターが本作においては「美味しい役柄」ではなかろうかと思っています。

チョロ”を演じたジョン・レグイザモ。個性派俳優として知られていますが、この方は厳しい演技指導で知られるリー・ストラスバーグの名門演劇学校アクターズ・スタジオの出身だったそうです。“チョロ”はまっぴらが思うに、ライリーと敵対しカウフマン(デニス・ホッパー)に欺かれ、なんとなく自暴自棄・自己嫌悪に苛まされているという本編中一番難しい役柄だと思うのですけど、「よく演じきったなあ〜」と正直感心しました。

さて。デニス・ホッパー。防塞小都市「フィドラーズ・グリーン」の統治者“カウフマン”。「SHOWBIZ」などでは「ヤツラに襲われたら怖いと思うよ」などと、当たり障り無くまったくつまらないコメントを出しておりましたが、まっぴらが勘繰りますに「そもそもアンタは一連のDEADシリーズがよく分かってねえだろぉ〜?」と後ろ指差して、ついからかってやりたくなります。(笑) 本編中何かと目線が不安定で結構虚ろに飛んでましたよね。まさか本当に撮影中、「ゾンビが怖くてたまらなかった」んやろか?(爆)

指導教育系リヴィングデッドを演じたユージン・クラーク“ビック・ダディ”。ガタイがデカくてK-1に出ていてもおかしくないキャラクターでした。友愛に目覚め大変教育熱心な方なのですが(笑)肝心の“お肉”の方にはdと興味が無いようでして...。

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(C) 2004 United International Pictures/(C) 2004 Paramount Pictures
「旧DOTD」で暴走族“ブレイド”を演じていた特殊メイクアップ兼スタントマンのトム(出たがり)サヴィーニが、今回の「ランド・オブ・ザ・デッド」ではリヴィングデッド役(しかもブレイド!)でゲスト出演していました。ショピング・モールでピーターに撃ち殺された鬱憤でも晴らすかのように、伝家の宝刀“マチェット”で生存者をズバっと斬り倒しておりました。チョイ役でありながらこういうカメオ出演はマニア泣かせで嬉しいものです。

そういえば「ショーン・オブ・ザ・デッド SHAUN OF THE DEAD」のエドガー・ライト監督とサイモン・ペッグが「記念撮影用ゾンビ」を演じていたのは驚いた。今回特殊メイク&効果専門を担当したKNBエフェクト・グループのグレッグ・ニコテロは、元はトム・サヴィーニの傘下なのですけどね。ニコテロ自身は防塞小都市「フィドラーズ・グリーン」にかかる可動橋の操作室のシーンでリヴィングデッド役で出ているそうです。
posted by まっぴら at 17:55| Comment(5) | TrackBack(1) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

インプレッション・オブ・ザ・デッド・サーガ vol.1

一部ネタばれ注意!
ランド・オブ・ザ・デッド」を昨晩観てきました。終局的未来予想絵図としては前述の「宇宙戦争」の様にやたら「騒々しい侵略」を描いた映画もありましたが、今回は割かし「静かなる侵略」。しょーもない映画の割には万感の思いの丈にまだ感想が纏めきらんので、ちょっと分割して何回かに分けてお送りしようかと...。

地上は「リヴィングデッド」が蔓延し、僅かに残された人々は裕福な統治者「カウフマン」が構築した防塞小都市「フィドラーズ・グリーン」に暮らしています。上流階級者は超高層タワーで満たされた生活を約束され、下層の人々はその近郊にスラムを形成して折り重なるように暮らしています。カウフマンは上流階級層の生活を保証するために、傭兵グループを組織、強力な武器装備を施した装甲車「デッド・リコニング(死の報い)号」を駆使して、リヴィングデッドが渦巻く都市部郊外の危険地帯から、贅沢な食料・補給物資を調達に出かけるような終末的世界観なのでありました。

正と悪」そのデフォルメが諧謔...まあ「笑いが取れる」ほど極端すぎて、それまでのロメロ監督作品とは一風毛色が変わっている感がありました。「死霊のえじき」でもその片鱗は窺い知れましたが、あの場合「セミノル地下倉庫」という限定された空間内での出来事でしたから。
リッチマンの権力の象徴たる「超高層タワー」を見たときに、咄嗟に米国が抱える「911コンプレックス」を連想したのですが、ホラー映画の社会派ロメロ監督の今回の社会風刺というのは「混沌の社会の中で、一握りの経済的成功を勝ち得た人間達が創造した誤った社会を描きたかった」そうなのですね。この辺り古典的SFの名作「メトロポリス」をかなり意識しているのだは無いのかと。また毎回お決まりのITEM 「ヘリコプター」を導入しなかったのは、「鳥瞰的視野を極力排して、生死者問わず極力“同じ視点”」というのに意識して徹したようでして、下層階級の人々や群れを形成(?)して攻めてくる「リヴィングデッド」が見上げる華やかなタワーの夜景が、何か都市部底辺で蠢くブルーカラー層の「怒りのシンボル」のようにも確かに映ったですよ。生活や営みの部分において、ダーティー・ワークとは一線を画し「無視さえしていれば、自分たちは安全で大丈夫」と驕りたかぶった階層の人々に対する強烈な当てこすりが伺い知る事が出来ます。抵抗をする術を知らないリッチマンどもは後半片っ端から喰われちまいましたが、下級階層が割かし強かに生き残っていた辺り、勧善懲悪過ぎていささか極端だった印象を真っ先に受けました。

「リヴィングデッド」と共存する社会を描くに当たって、前回「〜えじき」にあっては放牧かなにかの様にリヴィングデッドを“と畜”しておるシーンが存在しました。今回は未来都市部において、完全に彼等を“慰み者”として扱っている事で、一部「飲み屋の見世物」と化していましたが(「ショーン・オブ・ザ・デッド SHAUN OF THE DEAD」のエドガー・ライト監督とサイモン・ペッグが記念撮影用ゾンビを演じていたのには大爆笑!)、この辺り見ますると「物言わぬ彼等の怒りの代弁者」として「ビックダディ」のようなリーダー格キャラクターも必要なのかなぁ〜と思った次第。(この役に黒人俳優ユージン・クラークを起用したと言う辺りが、マイノリティへのロメロ哲学が脈々と本作まで息づいていて象徴的。アメリカ人は「弱い者苛めが好きな国民性」ですから。) ラストの息詰まる“1対1の決闘”スタイルなど、完全に古き良き「カウボーイ・ムーヴィー」を脈々と継承しています。つくづくこの辺りは「アメリカの監督だ」と思いました。←でもロメロって昔からこういう監督だったっけっか?

追随するゾンビ作品群が放つ刺激性、かつエンターテイメント性と、ロメロ自身が築き上げてきた「リヴィングデッド・サーガにおける一定基準=美学」とのギャップに絶えず悩まされたのではなかろうか?周囲は「ゾンビのロメロ=神様」と位置づけ「ホラー映画の社会派監督」とさかんに信奉を繰り返しましたが、彼は別に「エンタの神様」ではないわけです。ここいら辺が、20年ぶりのブランクの弱みと言うか?今回の「ランド・オブ・ザ・デッド」のもっとも歯切れの悪い部分で、様々な新機軸を大胆に取り入れても、総括的には既存の安物SFサバイバル・ホラーの亜流と同一レベルではなかろうかと。夜間シーンが多いせいか?照明も意識して「生の世界=暖色系」と「死の世界=寒色系」に取り分けておりましたが、こういった演出も何か“あざとさ”ばかり鼻についてしまいました。都市「フィドラーズ・グリーン」もなまじ舞台が広いばっかりに設定を生かしきれず、また以前の作品のように“立て篭もる”という手狭な緊張感が生まれないせいか、ちょっと惜しかった気がしますね。

ロメロ先生はどちらかという“不器用な監督”でして「ドラマ性にウエイトを置いて、どうでも良さげな時間・空間をダラダラ撮る」60〜70年代に掛けて流行ったような手法を執りたがります。これが意志やコミュニケート手段をまったく喪失した「リヴィングデッド」という新種の種族の「無意味な徘徊」と呼応して、作品に独特の空気の希薄感や倦怠感を演出していたわけです(「NOTLD」や「DOTD」の場合)が、こういうオーソドックスな正攻法、昔ながらな撮り方が、ただただスピーディ性な展開を要求される現代的なニーズやエンタ的には今ひとつ乗り切れず、空しく空回りしているんじゃないかと思うんですよ。(しかも「リヴィングデッド」達はお互いコミュニケートし始めちゃいました!) だから沈思熟考型の彼らしからぬ「薄っぺら」で「忙しげな展開」は、全て「時代の流れ」とか「周りに急かされてしまった」感じがするんですね。認めたくありませんが、娯楽性の部分においては、残念ながら一連の「バイオ」シリーズや、先のリメイク「ドーン」の方に、僅差ながら軍配を上げちゃいます。
筆者(まっぴら)的には“断腸の〜”いやいやこれではワタシが喰われてしまう。(笑)“消化不良”の感が否めないわけなのでした。御免なさい。m(_"_)m

さて、今回の新機軸。「リヴィングデッド」の学習機能に部分について。既に「〜えじき」に「バブ」という優等生が居りましたけど、「教育指導系〜」というのは、前評判の頃からいささか疑問視しておりました。今回の「ビックダディ」。電動ハツリ機や自動小銃まで使用する。(!)それを今回他の者に“教育”する「お利口さん」なわけですが、汚い手段に訴える生者を見ていると、ついつい感情移入してしまい、同行する“No.9”や“ブッチャー(肉屋)”にまでエールを送ってしまいましたよ。
posted by まっぴら at 13:00| Comment(4) | TrackBack(2) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月27日

ついに感染!

ランド・オブ・ザ・デッド」を観て参りました。さいたま新都心のコクーン内「MOVIXさいたま」を利用しました。夕方時、混雑具合は今ひとつ。これは「容疑者 室井慎次」と「ノロイ」にぶつかって、喰われた感も少々ある。

壮大なリヴィング・デッド・サーガ」。上映時間が意外と短く案外小粒。B級のラインは拭い難いが.....いやここで高邁なテーマを求めても仕方がない。生者も死者。決して相容れない両者が混沌の中で“ただ行き場所を探している。”このフレーズにやっぱこころのどっかで涙が零れたよね...。わずかこの一言を聞くために、この20年間、時を見送った甲斐があったのかどうか?ロメロ御大。老骨に鞭打って本当に御苦労様でありました。

答えが出せないので、まだここで感想は取り立てて書かない。しばし余韻に浸る。

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(C) 2004 United International Pictures/(C) 2004 Paramount Pictures
posted by まっぴら at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月23日

日本の夏、ゾンビの夏。

前作「死霊のえじき DAY OF THE DEAD(1985)」から、実に20年ぶり。ジョージ・A・ロメロ監督「DEAD(ゾンビ)」シリーズ最新作(シリーズ4作目)「ランド・オブ・ザ・デッド」8/27(土)より全国ロードショー。いよいよ劇場公開が迫ってきました。今日、前売り券を買いに行って来ましたが、おまけに付くはずのポスターはなぜか無かったです。(泣)もっともワタシの場合は「20年の間、コレを待っていた!」と言うわけではなく「なんとなく20年、ダラダラ生きていたら次回作が来てしまった!」って感じです。

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しかし凄い広告が出回っていますねえ...。“ゲテモノ”つうよりこれでは“キワモノ”ですわねえ〜。(笑いを取ってどーすんだ!) 確かに画像のインパクトは強烈なんですけど、それよりも何よりも「12ch洋画に通ずるキャッチコピー」に萌え。(笑)

「日本の夏、ゾンビの夏。」
とか思いっきり言い切っちゃってます。まるで蚊取り線香みたいだね。この手の映画、いつからニッポンの“風物”なのですかいな?(昨年の「バイオハザードU アポカリプス」は9月公開だったはずなので、あながち間違いではないが...。)
posted by まっぴら at 21:08| Comment(2) | TrackBack(0) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月21日

「HEAVY METAL」A STEP BEYOND SCIENCE FICTION

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あのですな。よそんちのブログのホラー・コンテンツに“ダン・オバノン”なる懐かしいお名前を拝見しましてな。ふと思いだして、このLD引っ張り出して観ていたんですよ。
へヴィメタル HEAVY METAL」。
今でこそアメコミは数多くのヒーローキャラ達を実写化し次々と銀幕に輩出しましたが、先人が手がけた実験的作品がコレなんではなかろうかと?これは基はアート、SF、アドベンチャーなどの要素を盛り込んだ猥雑なアダルト・コミック誌なのですが、全米レイトショー興業で脅威のロングヒットを放ってコロンビア映画史上第2位の記録を残したカルト・アニメーションなのですね。時間、空間、次元を超越して支配する悪の化身「ロック・ナー」が様々な時空で引き起こす7つのエピソードがオムニバス形式で詰め込まれています。

ep.1 GRIMALDI
ep.2 HARRY CANYON
ep.3 DEN
ep.4 CAPTAIN STEERNN
ep.5 B-17
ep.6 SO BEAUTIFUL & SO DANGERROUS
ep.7 TAARNA

また音楽は巨匠故エルマー・バーンスタインがロイヤル・フィルを起用し、雄大な曲を披露していますが、その他にも80年代を代表するであろうロック界のそうそうたる雄達が、挙って楽曲を提供しています。

へヴィメタル/サミー・ヘイガー
ハートビート/リッグス
ワーキング・イン・コールマイン/ディーヴォ 
恐怖の精神戦争/ブルー・オイスター・カルト
リーチ・アウト/チープ・トリック
へヴィメタルよ永遠に/ドン・フェルダー
トワイライト・ランデブー/ドナルド・フェイゲン
クレイジー/ナザレス
レーダー・ライダー/リッグス
翼をひろげて/ジャーニー
クィーン・ビー/グランド・ファンク・レイルロード
錯乱のスペース・ラブ/チープ・トリック
群れをなせ/ブラック・サバス
オール・オブ・ユー/ドン・フェルダー
プレファブリケイテッド/トラスト
ブルー・ランプ/スティービー・ニックス

HEAVY METAL / SAMMY HAGER 
HEARTBEAT / RIGGS 
WORKING IN THE COAL MINE/ DEVO 
VETERAN OF THE PSYCHIC WARS / BLUE OYSTER CULT 
REACH OUT / CHEAP TRICK 
HEAVY METAL〔TAKIN' A RIDE〕/ DON FELDER 
TRUE COMPANION / DONALD FAGEN 
CRAZY? / NAZARETH 
RADER RIDER / RIGGS 
OPEN ARMS / JOURNEY 
QUEEN BEE / GRAND FUNK RAILROAD 
I MUST BE DREAMIN / CHEAP TRICK 
THE MOB RULES / BLACK SABBATH 
ALL OF YOU / DON FELDER 
PREFABRICATED / TRUST 
BLUE LAMP / STEVIE NICKS 

製作の裏側ではバーニー・ライトソンやリチャード・コーベン、二ール・アダムス、マイク・クルーゲなどアート界やコミック界の重鎮のような人達の名前がすれ違っています。アニメの技術的には往年の洋物アニメの感があり、現在の物とは比較になりませんが、何かオーラのような物が漲っていて余りあるような気さえしました。「HARRY CANYON」なんてハードボイルド・パロディは、後にリック・ベッソンが模倣して「フィフィス・エレメント」なんて作品を撮っていますし、特に日本を代表する漫画家・劇画家の手塚治虫先生、永井豪先生、大友克洋先生、寺沢武一先生など影響を受けた方は数多いでしょうね。

まっぴら的には★★★☆☆(五段階評価)


ところで「これが何故ゾン様?」かと。今回お話の渦中になるダン・オバノン。この方はUSC在学中にジョン・カーペンターと短編「ダーク・スター」なんて作品を撮りまして、後に長編化する際に本格的にプロ・デヴューを果たします。しばらくは「エイリアン」やこの作品の翌年には「ブルーサンダー」の共同脚本なんぞを手がけていますが、この「へヴィメタル」ではプロローグ「SOFT LANDING」を手がけると共に、第5話「B-17」の原案を手がけています。このお話は“夜間爆撃に参加するB-17戦略爆撃機の戦死したクルー達が「ロック・ナー」の影響で次々とゾンビとして蘇り、生存者を襲う”という短編作品です。SEは航空博物館に所蔵されている実際のB-17を飛ばして効果音を録音して使用したと言う気合の入れよう。(「TAKIN' A RIDE」のドン・フェルダーはイーグルスのボーカリスト)

このオバノンもロメロの信奉者だそうでして後年ジョン・A・ルッソと組んで「バタリアン(85)」など撮り、「〜LIVING DEAD」名称使用の咎で訴訟騒ぎを繰り広げたそうですが、彼の「ゾンビ好き」の片鱗が見えるのが、奇しくも「へヴィメタル」と同年公開となった「ゾンゲリア DEAD & BURIED(原題 死んで埋められて)」。ゲイリー・A・シャーマン監督作品。

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当時流行の御下劣タイトルに失笑しながら、ダン・オバノン繋がりでビデオを借りてきて観てみると、寂しい漁村を舞台として連続猟奇殺人事件を捜査するダン保安官(ジェームズ・ファレンティーノ)。捜査線上に浮かんだのは屍体再生・復活の美学にとり憑かれた検死官兼葬儀屋ドップス。そして次々と殺害されては再生され、何食わぬ顔で普段の生活に溶け込んでしまう旅行者や村人達(彼等は学習機能があり、指導者に教え込まれた事以外は言語能力が働かない。教え込まれた以外の事は忘れてしまう。時間が経過すると腐って崩れてしまう。早い話“死化粧を施されたマリオネット”ですわね。)〜となかなかクラシカルでオーソドックス・スタイル。サスペンス性の高いホラー...否、昔風に言うならば怪奇映画でありました。特にメロディ・アンダーソン演ずるダンの妻ジャネットが“夫の拳銃弾を何発も喰らいながらも、何事もなかった如く「今夜のおかずは〜?」と繰り返す”驚愕のラストはえらく怖かったな〜。
“目ん玉に注射器”や“鼻から硫酸”など、当時物議をかもし出した驚異の残酷描写は「ターミネーター」の特殊メイク担当のスタン・ウインストン!「DOTD」とはちょっと風味の違ったゾンビ作品。コチラは暇で暇で退屈で死にそう....もしくは死んで埋められそうな時(笑)、堪能されてみては如何かと?

まっぴら的には★☆☆☆☆(五段階評価 笑)
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posted by まっぴら at 17:50| Comment(2) | TrackBack(0) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月16日

THE GONK 〜Dawn of the Dead

最近イタリアン・プログレ・バンドのゴブリンが再結成するとかしないとか...?

Goblin Official Site←まだ何にもありません。(笑)
http://www.goblin.org/←こちらはうんとこさ古い方です

それはさて置き。昨日S・マックイーンのDVD「セントルイス銀行強盗」を捜しに都内まで出たのですが、すでに廃盤になっておりました。(泣)なんとなく店内をブラブラしていたところ、輸入版CDの棚にコレを見つけました。思わず購入!

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しかしぃ〜.....。この強烈な日野日出志的デザインのCDジャケットはもう少しなんとかならんもんかのう...。自主出版ではあるまいし今時“2色刷り”とは端から「海賊版」とか「バッタ物」の香りがツーンと。(笑)
これはゴブリン・サウンドではありましぇん。映画「ゾンビ DAWN OF THE DEAD 以下略 DOTD」の音楽は先のゴブリンが担当していますが、「サスペリア」で有名な共同出資者であるダリオ・アルジェントが強引に引っ張ってきたんでしょうかね?非常にSFサバイバル・ホラー・タッチの感覚に富んだアップテンポの曲が多かったのですが、本家本元のジョージ・A・ロメロはドキュメンタリー・タッチを標榜したのか?「米国劇場公開版」においては50年代のサスペンス・タッチの使い古したような古臭音楽を、劇中好んで使用していました。「米国劇場公開版」において半々。’94年「ディレクター・カット完全版」では概ねコチラの音源に切り替わってしまうのですけど...。以前からこのCDが発売されている噂がチラホラ囁かれておりましたが、コレがその問題のCDなのですね。
正しくは「Unreleased Soundtrack Music from George A. romero's DAWN OF THE DEAD」という名のCDなのでありました。

【収録作品】
1.『THE GONK』 
2.『COSMOGONY PART1』 
3.『SINESTRE』 
4.『CAUSE I'M A MAN』
5.『FIGMENT'S PARK』 
6.『MASK OF DEATH』
7.『SCAREY』 
8.『SCAREY 2』
9.『DARK EARTH』 
10.『MALL MONTAGE SCENE,(WE ARE THE CHAMPIONS)』
11.『BARRAGE』 
12.『DESERT DE GLECE』
13.『SUN HIGH』 
14.『DRAMATURGY』

まっぴら的に嬉しいのは、1曲目に「THE GONK」が収録されている事。これは「DOTD」ロメロ・ヴァージョンのエンディングにかかる曲なのですね。生存者を乗せたヘリが暁の空に飛び去り、再び無人となったショッピング・モール内を死者達がまたのんびりと闊歩する牧歌的エンディングなわけなんですが、まるで購買意欲をそそるかのような(笑)非常にテンポの良い明るい曲なんですな。この希望とも絶望とも言い難い映画のラストにミスマッチ感が絶妙にいいのですよ。残念ながらモール内の時報を告げる鐘の音は入っておりませんでした。(画面フェードアウト=暗転した後に鳴るのが、そこはかとなく終局感を演出していて非常に怖かったのですけれど。) 
これを聴きながら残り少なくなった夏休みを“映画の如く”ブラブラしようかと。(笑) 

posted by まっぴら at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月31日

快作!「SHAUN OF THE DEAD」

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あまりの面白さについ書いてしまいました。

先だって「SHOWBIZ」の録画ビデオ=これはジョージ・A・ロメロ監督の最新作「LAND OF THE DEAD」の紹介映像だったのですが、コレを観ていますと、大なり小なり彼の作品「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 生ける屍の夜」や「ゾンビ」に影響を受けた有名映画監督達の談話や賛辞が寄せられていました。「狼男アメリカン」のジョン・ランディス監督、「ヘルボーイ」のギレルモ・デル・トロ監督、「キャビンフィーバー」のイーライ・ロス監督、「ヘルレイザー」のクライヴ・バーカー監督などなど早々たるメンバー。この中に実は「ショーン・オブ・ザ・デッド SHAUN OF THE DEAD」のエドガー・ライト監督とサイモン・ペッグが居ったわけです。まっぴらはこの「ショーン・オブ・ザ・デッド」をまだ観ていなかったので、興味深々レンタルビデオ屋からDVDを借りてきました。

この2004年のイギリス映画は、ロメロ・ゾンビ・ワールドを模倣しつつもイギリス流の諧謔をそこかしこに交え、腹を抱えて笑い転げる傑作パロディ映画なのでした。主人公“ショーン(サイモン・ペッグ)”はゲームヲタの飲んだくれの相棒“エド”と同居しつつ、パブ通いを続ける冴えない一介の電化製品販売業。やる気の無さ・生活の不毛さ・張りの無さはまさにゾンビ並み。恋人リズ(ケイト・アシュフィールド)との関係も万年マンネリ化状態。愛想を付かされそうになる矢先、一念発起して彼女を始めてデートに誘うが、こんな時人工衛星の爆発に端を発した未知の流感の猛威が、彼の知らないところでイギリス全土を覆い始めるのであった。

窮地の局面にあっても、お茶の習慣を片時も忘れず(笑)、拳銃の類が流通していないので、武器は主にクリケットのラケットや生活用品、また御贔屓の歌手のレコード盤をびゅんびゅんと。ジャガーで修羅の巷となった街路をぶっ飛ばし、イギリス人らしく馴染みのパブに篭城。ジュークボックスからはご当地らしく「クイーン」やブリティシュ・ロックのサウンドと…。つまるは「この世の終局が訪れようとも、生活様式を何一つ変えようとしない(であろう)イギリス人の保守的気質」を痛烈に皮肉った作品なのですね。同じイギリス作品でありながらダニー・ボイルの「28日後…」のハードさとはまったく違い、ハッピーエンドで幕を下ろすというゾン様映画としては“掟破り”の快作でありました。とにかくこの映画、ロメロ作品を知らなくても腹を抱えて笑える事請け合いです。また思いつき作戦により状況が刻々と悪くなるのをすっとぼけた笑いを交えながらも、キチンと、それも丁寧に友情・愛情・主人公の人間的成長というのを忘れず描いている辺りは特筆に価する。(よくぞ100分の枠内でこれを纏めあげた!) あまりの面白さに、このDVD今度買っちゃおうかと思っています。それぐらい面白いです。

まあコメディですので堅いこと抜きで楽しまれては如何でしょうか?この手のものとしては、とても観やすい仕上がりとなっています。
posted by まっぴら at 17:09| Comment(3) | TrackBack(2) | ゾンビ映画考 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月24日

THE NEW MAN 〜ザ・ニュー・マン

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 これは正しくは“ゾン様”ではないのだけれど...。ジョージ・A・ロメロ&ジェリー・ゴロド&リチャード・P・ルービンスタイン製作総指揮の「TALES FROM THE DARKSIDE (邦題 フロム・ザ・ダークサイド)」(1985年度作品)の一篇を取り上げてみました。「THE NEW MAN 〜ザ・ニュー・マン」。監督はフランク・デ・パルマ。
 昨日はコメントの方に「トワイライト・ゾーン(邦題 ミステリー・ゾーン)」に近いのではないかと書いたのだけれど、この頃のローレル・プロダクション作品は一貫して「コミュニケーションが崩壊することのよって引き起こされる恐怖や悲劇を軸としている」事が多くて、こちらはどちらかと言うと「ヒッチコック劇場」のノリに限りなく近いのではないかと思います。こういう心理的追い詰められ系のミステリーはワタシは大好物なんですねー。それと“お酒の好きな方”には、ちょっとチクリと皮肉めいた印象が残る作品ではないかと。(笑

【STORY】
 不動産業を営むアラン(ヴィック・ティバック)は、その昔アルコール中毒者だった。住まいや仕事を転々とし、生活に窮迫した家族は街頭で物乞いをしなければならないほど、彼らに多大な犠牲を強いてきた。ようやく病状を克服し、平穏な生活を地道に営む事に喜びを見出したアラン。ある日職場で快活に働く彼の元に一人の少年が訪れた。少年の名前は“ジェリー”(クリス・へベート)。始めて見る顔なのにアランの事を“”と呼び、以前から家族のメンバーだったかのように振舞う少年に、アランの平穏な生活はズタズタに切り刻まれる事になる。「お前は誰だ!」と問いただす度ごとに、妻や周囲との関係が破綻し始めるアラン。果たして狂ったのはアラン自身なのか?それとも愛らしいジェリー少年こそ悪魔の手先なのか?ついに職場の同僚や家族から見放され、無人となった我が家、ジェリーの子供部屋で荒れ狂うアラン。するとジェリーのタンスの引き出しの中からは、何故か手付かずのウイスキーの瓶が....!
アル中の悪夢からやっと解放された男を襲う新たなる悪夢。

 セットが食卓、子供部屋、会社と実に3つしかない低予算作品ですが、マーク・デュラントの手がけた脚本の巧妙さはそれをまったく気付かせない。「シナリオに勢いがあると、安モンでもこれぐらいおもろいんやでー」と啖呵切られたような、軽妙にして辛口な作品になっています。主演のヴィック・ティバックはスティーブ・マックイーン主演作品「ブリット」や「サンダーボルト」、「暗黒外の顔役」、R・アルドリッチ監督作品「クワイヤー・ボ−イズ」などに出演(端役でしょうね)した経歴を持っているんだそうです。

 アランが去った後の職場。彼が嘗て座ったデスクでは「新入社員(ザ・ニュー・マン)」がバリバリと仕事をこなし、見事契約を取り付ける。上司に祝杯を進められ「いや。酒は控えていますから。」と。するとそこへと....。あっ!やべやべ。
 天使のような顔をしたクリス・ヘバート。無垢な笑顔はダミアンに通じる怖さが...。

 
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2005年06月23日

A CASE OF THE STUBBORNS 〜ある頑固者の死

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こないだ物置から偶然出てきたビデオ群の中に、ジョージ・A・ロメロとジェリー・ゴロド、リチャード・P・ルービンスタインが製作総指揮した「TALES FROM THE DARKSIDE (邦題 フロム・ザ・ダークサイド)」(1985年度作品)が数本あった。「A CASE OF THE STUBBORNS(邦題 ある頑固者の死)」はそのシリーズの中の一篇で、ブラックユーモアのスパイスを利かせた隠れた傑作。これをついつい見入ってしまった。

【STORY】
 年老いた頑固者の祖父が死んでしまい、悲しんでいた母親と少年。そこへ死んだはずの祖父が死化粧もあらわな顔でひょっこり戻ってきた。驚いた事に頑固者の彼は自分が死んでしまっている事をまったく認めない。(笑) 彼を納得させるために医者や牧師、葬儀屋たちが懸命になって説得するが、彼は全然耳を貸さない。腐臭と頑迷さにほとほと堪りかねた少年は村はずれに住むというブードゥーの女呪術師に知恵を借りにいくのだが...。


この怪奇性とユーモアが同居した奇妙な原作は「サイコ」などホラーとSFで高名なロバート・ブロック。頑固老人“タイタス”を演じるは、ボードビリアンとして数々のステージやミュージカルに出演したというエディー・ブラッケン。(日々崩れ落ちてゆく顔のメイクがなんともはや...。)

特筆に値するのは、祖父を永遠の眠りに付かせようとある計略を思いつく“少年”ジョディを演じるのは、な・なんと子役時代のクリスチャン・スレイター!!君はついこないだ「ウインド・トーカーズ」で観たばかりではないかいな?まさかゾン様作品に出演していたとはお釈迦様でも知らぬがホトケ。(ほっとけ!) 君とは1986年公開作品「薔薇の名前」(主演 ショーン・コネリー)でお逢いしたのが初めてであったが、芸暦が随分と長いのォ〜。クリスちゃんスレ太。その卑屈な笑顔がなんかちっとも変わらんなー。(笑)
  
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2005年06月12日

EMERGENCY BROADCAST NETWORK 「LAND OF THE DEAD」

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“マスター・オブ・ホラー”ジョージ・A・ロメロ監督のDEADシリーズ最新作「LAND OF THE DEAD」が全米では6/24から公開されるようでして。スター・ウォーズの華やかな盛り上がりに比べて、ネタ的には“ガター・ウォーズ”(ドブの中の戦争)の様相を呈しています(笑)が、カンヌで好評を博して追加撮影が行われたというやたら景気のいい話も伝わってきていますし、最近はトレーラーが公開されたりと、欧米日各ホラー系サイトではますますこの話題で持ちきりのようであります。
「死霊のえじき DAY OF THE DEAD」では、資金調達の断念から残念ながら割愛されたシークエンスを今回の脚本にかなり取り入れているとの事で、概要が未だよく分からないものの何やら壮大なロメロ・DEADワールドが展開されるのでは?と予想しています。(公開されたスチールなどを観ると「マッドマックス3・サンダードーム」のような闘技場シーンがあったが果たして詳細は...?)
日本公開がいつぐらいになるのか?まだわからないのですが、ロメロ監督の年齢を考えるとたぶん「最後の作品」になるのではなかろうかと思うので、たぶん観に行っちゃうと思います。しかしロメロは結局「ZOMBIE」しかなかった。「モンキーシャイン」や「ダークハーフ」、「URAMI」など撮ったけど、“周囲がZOMBIEしか許さなかった”。自らが生み出したモンスターに枷を嵌められてしまった感があったね。(文字通りZOMBIEに映画人生を“喰われちゃった”感もある)
 でも「リメイク<エンビジョニング」や「バイオハザード」などの新しい波が台頭してくる中、総本家・老舗がどう切り出してくるのかがもっか注目するところ。“期待と興奮渦を巻く”と独り盛り上がり状態。狂信者のワタシなんぞは文句垂れるより先にきっと泣き出しちゃうかもしれません。(笑

制作年 2005年
制作国 カナダ、フランス、アメリカ
制作会社 アトモスフィア・エンタテイメント、エクセプション・ワイルド・バンチ、ロメロ・グランウォルド・プロ
制作 マーク・カントン、バーニー・ゴールドマン、ピーター・グランウォルド
監督・脚本 ジョージ・A・ロメロ
音楽 レインホールド・ヘイル、ジョニー・クリメク
撮影 ミロスロウ・バスザック
特殊効果 ジェフ・キャンベル
特殊メイク グレゴリー・ニコテロ
出演 サイモン・ベーカー、ロバート・ジョイ、ジョン・レグイザモ、アーシア・アルジェント、デニス・ホッパー(驚)

追記、「DOTD 1978」で暴走族“ブレイド”を演じたトム・サヴィーニ。今回その“ブレイドのZOMBIE”の役で出ているとか。これには思わずワロタやね。

「LAND OF THE DEAD」オフィシャルサイト
http://www.landofthedeadmovie.net/
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2004年11月22日

EMERGENCY BROADCAST NETWORK  〜When there's no more room in HELL the dead will walk the EARTH

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“絶望と欲望の中で、死滅していく人類と、増加していく死人の群れ... もはや説明不要のホラー映画の最高傑作”  〜キャプションより抜粋

 遅まきながら「ゾンビ [米国劇場公開版] GEORGE A. ROMERO'S ZOMBIE DAWN OF THE DEAD」のDVDをようやく購入しました。26年前の作品が今鮮明な画像で甦り、あの絶望とも希望ともいえないラストシーンに感涙しばし止まず。しばらくはこのDOTD1978の話で独り盛り上がり状態になりそうだけど、他のWebサイト等見渡すと素晴らしい推薦文や的確な批評が見受けられることから、取り立ててここでは感想を述べない事にします。
 実は今回のヴァージョンについてワタクシは勘違いしていたようで...。今回の「〜[米国劇場公開版]」というのは’85年7/21に日本ビデオリリースされた「日米ビデオ(CICビクター)発売版/本編127分」の事だそうで、新規ヴァージョンでも’94年「ディレクター・カット完全版」でもない、以前の古いヴァージョンでした。

 【その識別点】
 1. 巡視艇基地で他の警官隊とのトラブルシーンがない。
 2. ヘリ給油時、事務所で子供zombieに襲われるピーターのM-16小銃AUTO射撃の時間が短い。
 3. 暴走族乱入時、モーニングスターでzombieの後頭部を殴打、床に押し付けてマチェット(山刀)で頸をニジニジと斬りとるシーンがない。(要は’94年「ディレクター・カット完全版」ではないということ)



 ヴァージョンは様々存在し、大まかに分けると3種類。’79年「日本初劇場公開(ダリオ・アルジェント監修)版/本編119分」。今回の「ゾンビ [米国劇場公開版]=旧日米ビデオ(CICビクター)発売版/127分」。それと’94年「ディレクター・カット完全版/本編139分」。
 これに加えて’80年にTV初放映(木曜洋画劇場)された「日本初劇場公開(ダリオ・アルジェント監修)版」。これには何故か「サスペリア」のサントラ収録曲の差し替えられた「ゾンビ/サスペリア版」という代物が存在し、裏マーケットで出回ったと言う話を聞いた事があります。後日局にはクレームが殺到し、2回目以降の放映は劇場版音源に再びに戻っているそうです。(両作品とも、冒頭“惑星イオスが爆発し、謎の放射線が地球に降り注いだ影響で死者が復活”という理由付けがなされているはず。)

’79年「日本初劇場公開(ダリオ・アルジェント監修)版/本編119分」。音楽はホラーサウンド・トラックアーティストとしてダリオ・アルジェント作品には欠かせない存在であるGoblinが担当しており、UPテンポの曲の使用でSFホラーとしての印象が強いのだが、「ゾンビ [米国劇場公開版]=旧日米ビデオ(CICビクター)発売版/127分」はステーツ公開に合わせてジョージ・A・ロメロが“50年代ホラー映画風”なクラシカルな選曲に差し替えてしまっている。(それでも「Zombie 4:15」、「Dawn of the Dead 5:54」などタイトルのメインとなるようなテーマは辛うじて使用されていますが、’94年「ディレクター・カット完全版/本編139分」では更に割愛されてしまった。) コレに関しては「DOTD1978に何を求めるか?」によって個人差があり、SFホラー性を求めるのならばGoblinサウンド。ドキュメンタリー感覚を求めるならロメロ選曲ヴァージョンと、一概に甲乙は点け難いのではと考える次第。
http://www.goblin.org/

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 ちなみに学生時代の頃、怪しげなレンタル・ビデオ屋がそこかしこに出来始め、その当時商品棚でお目にかかったパッケージがコレ。これは調べてみると「アメリカ発売ビデオ・パッケージ」なのですが、驚くことに日本語字幕が付いていました。誤字、脱字、違訳が甚だしい代物だったので、明らかに違法コピーの海賊版ではなかろうかと思っています。(笑) このダヴィング・ビデオはしばらくの間ワタシの宝物でしたが、後にCICビクター・ビデオから素性のちゃんとした物が発売され、そちらを購入後、誰かに譲り渡して手放してしまった憶えがあります。今となっては手元に無いのが惜しまれる一品。

 小学生時代、劇場公開され今でこそ「古典的名作」となりつつあるこの映画。「サバイバル・ホラーの金字塔」などと気安くキャッチ・コピーが付いて回るようになりましたが、兎にも角にも多感な年齢時に観たこの映画の影響はかなり大きく、また深かったわけです。(もっとも単に“歪んだ”だけかも?笑)それまでの恐怖映画の枠組みを全てひっくり返してしまう出来事でしたた。個人的には“生涯の名作映画ベスト10”には必ずランクインされているほどお気に入りなのです。言い換えればこの映画に関してはもう“宗教”とか“信仰”のようなものであるから、ですんで何を言ってもまず無駄。躊躇なく首を斬り落とすか、さもなくば頭を撃ち抜かなければ...。(笑)

 発売日2004年7月23日(現在生産休止中) 発売元・販売元ハピネット・ピクチャーズ 定価(税込)3,990円 

2004 11/22日記再録〜 
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2004年11月08日

夜明けが来るまで開けないで 「死霊のえじき 完全版」

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死霊のえじき 完全版」なるDVDを、前述の新DOTDと時を同じくして購入しました。これは旧DOTDの影響に触発されて、劇場公開以前に報道陣向け試写会に出かけたり、サウンドトラック(輸入版)や発売ビデオを高額で入手したりと、この手の映画としては熱心な入れ込み様だったことから大変思い出深い映画であります。DVDは「〜最終版」と呼ばれる物が一時期市場に出回っていましたが、これは残酷(ゴア)シーンを大幅に削ぎ落とした「改悪版」だそうでして、今回の「〜完全版」の内容は以前購入したビデオと同じと言う事から、ようやく完全な形で戻ってきました。しかも画質がより鮮明!と個人的に喜んでいます。
 しかし隔絶された居住空間の中で、ブラウン管から時折僅かながら入ってくる映像から、妙に世界観の広がりを感じた旧DOTDの“続編”と銘打った割には、実にこじんまりとしたダークで救いのない小品。このスペック・ダウンの背景は、米ドルの高騰により出資者からの資金調達が思うように行かなくなった事情があったそうでして、結果としてロメロが全予算を捻出せざる結果を余儀なくされ、すでに完成していた壮大な脚本は低予算の中で大幅に割愛され、舞台を主に地下倉庫に限定して撮影に望んだと聞いています。

【STORY】
世界は次々と甦る死者に席巻され、地上は全てが“死の街”と化していた。数少ない人類の生き残りである科学者サラ(ロリー・カーディル)、僅かばかりの軍隊を率いてzombie掃討の機会を窺うローズ大尉(ジョセフ・ピレートー)、状況を打開すべく狂気な研究に打ち込むローガン博士(リチャード・リバティー)達は、最後の砦となる広大な地下倉庫施設に立て篭もり、zombie達と一進一退の攻防を繰り広げていたが...。


 前2作と比較すると、用意されたようにキャラもストーリーも妙に味濃く、しかも救いのないというこの作品の新機軸。地下格納施設を守る横暴な軍人達の無理解・非協力の中、実験室に追い込まれた民間科学者達が“問題の根絶”を目指して日夜研究に取り組む。とりわけ研究に熱心なマッド・サイエンテスト紙一重のローガン“フランケンシュタイン”博士(医学は兎も角、何が専攻なのか今ひとつよくわからない)は、周囲の懸念や顰蹙も省みず、捕獲したzombie“バブ”を調教・学習を施し、“人間と共存させる”実験に取り組んでいる事である。ここが今までのこのシリーズにない醍醐味で、脳と咀嚼と手足の機能だけで徘徊する怪物とコミュニケーションを図ろうと、“教師と生徒”、ひいては“父子”のように心を通わせながら狂気の学習指導に躍起になる描写が特筆に価する。(むしろ教育というよりは、生前の記憶を呼び覚ませる所業に過ぎないが) ある意味、飼いならされたzombie“バブ”の存在(注.1)は、絶望が支配するシリーズ内の唯一の希望の光の片鱗を見せるが、何ら根本的な解決の糸口に結びつかず、縦社会・絶対服従・支配欲を思うが侭に振りかざす無知蒙昧な軍人“ローズ大尉”との衝突の末、更なる悲劇に繋がる辺りがロメロ作品に共通する辛口テイストなのだ。劇中「fuck !」「shit !」と思いつく限りの悪態を連呼する軍人の姿(注.2)は、ある意味滑稽なほどベタベタにデフォルメされてはいるが、やはりこの作品においても一貫して“人間が一番怖い存在”。その最たる象徴としては成功していると思えるのだが如何だろうか?(あまり軍人らしく見えないけれど...。) 
個人的には、“宴たけなわ”にも目もくれず去っていった“バブ”のその後がついつい気になってしまう。彼は今でも薄暗い地下で過ごしているのだろうか...?。

注.1) シリーズ最新作「LAND OF THE DEAD」にも、思考系zombieが現れるという噂話が...。ちなみにスタッフは別だが「DAY 〜: CONTAGIUM」という続編も企画中らしい
注.2) 主演のロリー・カーディル(舞台演劇方面が主らしい)からも、「脚本に汚い言葉が多すぎる」とクレームがついたと言われている。


 旧DOTDでは“当て所はなけれど無事に逃げ果せる事が出来た”だけに、世界中のファンを失望させた問題のラスト・シーン。そう。“夢オチ”。もっともこれはロメロ自身はいたくお気に入りだそうで。〜ヘリの乗り込もうとドアを開けるサラに、機内で待ち構えていたzombieがいきなり掴みかかり、彼女は思わず悲鳴を挙げる。刹那ショットが切り変わり、カモメが群れ成した砂浜の美しい海岸で目を覚ますサラ〜。これは予算不足の関係で音声合成処理が行き届かず、“悲鳴”と“カモメの鳴声”のトーンがうまく噛み合わずじまいで、返って複雑な前後関係を生み出してしまったそうですね。(もっともコレが合ってしまうと、今までの出来事が“夢”とオチてしまわないか?) エンディング前画面が暗転する直前にサラが自作のカレンダー(11/4)に×印を点けますが、冒頭のカレンダーの日付(10月末)から察するに、僅か4日間の悪夢の出来事。私は「無事逃げ切れたんだ」と解釈したいです。“救い”がないだけにそう信じたいです。

 しかしこの手のジャンルの映画に御執心だと“人間性まで疑われる”という視線が怖いが、このDVDには特典映像として“ドキュメンタリー”や“オーディオ・コメンタリー”が付随されている。これを観ると「このような内容の映画でも、裏方の人々は実に自分の仕事に“誇り”と“責任”を持って甲斐甲斐しく働いている」姿にただただ驚かされる。「DAY OF THE DEAD」撮影時、ロケの行程のその大半は廃坑や地下貯蔵庫で行われたそうで、終日陽光を浴びず劣悪かつ過酷な撮影環境の中、後半スタッフには体調不良者が相次ぎ、ロメロ自身さえも倒れたと聞き及ぶ。それでも“金がないのでえばれない低予算映画”のウラ舞台は、実にアットホームな雰囲気の中、HOTな人間達が寄せ集まり一丸となって、前向きにひた向きに取り組んでいる姿勢に感動さえ覚えてしまいます。(そうまでして撮られたフィルムが、“倫理”という壁の前で無残に切り刻まれるとは、スタッフにとっては正にローズ大尉の最後が如く“断腸の思い”だろうて。笑) ちなみに、この映画で“下っ端の髭ツラ兵隊”を演じていた“グレッグ(グレゴリー)・ニコテロ”は、この後K.M.B.エフェクト・グループを設立。Q・タランティーノ監督作品の特殊メイクアップ効果を担当する様になります。「レザボア・ドッグス」の有名な“耳削ぎ”に始まり、最近では「KILLBILL」の効果なども担当しています。他、ウエス・クレイヴン、ジョン・カーペンター、ジョン・ウーなどの有名監督作品に次々と参加し、陰ながら強烈な特殊効果を披露し続けているロメロ一座の出世株ですね。

 考えてみるとロメロ・ゾンビ・ワールドはホラー性もさることながら、過去のパニック映画的要素を脈々と継承していて、主役はあくまでそこいら辺のおじさんおばさんおにいさんおねいさん達。これが共通の生存手段を見出してコミュニケーションを図り一丸となることが主軸。権力を誇示し横と連携を取る術を知らない悪者は末路必ずや死者の胃袋に収まってしまうというのがオチ。ここから僅かながら引き出せる教訓があるとするならば、お互い“目の黒いうち”は綿密にコミュニケーションを取り合いましょう...ということで〆。
2004 11/08 日記再録〜
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2004年11月04日

シタイと走るな 子供たち DOTD 2004

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 念願の「ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクター・カット・プレミアム・エディション」DVDを購入し、やっと観る事に漕ぎ付けました。
 ジョージ・A・ロメロの傑作と誉れ高い「ゾンビ」が、CM出身の新鋭ザック・スナイダー監督の手により、大幅に現代ナイズされよりスタイリッシュにアレンジされました。(以下DOTD2004。旧作「ZOMBIE ゾンビ」を旧DOTDと表記、差別化する。) 
 米カントリー界の重鎮“ジョニー・キャッシュ”が唄うオープニング「The Man Comes Around」(映画「ハンテッド」でもエンディングで使用)の軽快なリズムに乗せて、世界各国の暴動の実写映像がフラッシュ・バック的に流れる。そこには既に国籍・文化・人種等の区別はなく、あるのは只“生者か死者か”の区別でありました。

【STORY】
アメリカのワシントン州エベレットで看護婦として働くアナ(サラ・ポーリー)はいつもの様に仕事を終えて帰宅。翌朝、隣人達が突如凶暴化し、謎の殺戮を開始する光景を目にする。亭主も襲われるが、何故か殺害された彼は甦りアナに襲い掛かるのだった。アナは自動車のアクセルを夢中で踏み込み、一刻も早くパニックと化した町を離れようとするが...。


 ザック・スナイダー監督は「リメイクではなく、エンビジョニング(最想定)である」と各方面で盛んに説いています。確かに今回の登場するゾンビは、ロメロ解釈の“豊富な物質文明の遺跡の中を、生前の記憶だけに支配され漂い流れ歩くユラユラフラフラ無意味徘徊系ゾン様”とは一線を画し(設定を裏返し)、驚いたことに当人の腐乱進行具合は何処へやら、獲物を見るや息せき切って...この場合息せき切らずに全力疾走で走るのである。これは国内外のサイトを問わず未だに物議を醸し出しているようでして、ある意味旧DOTDでブレイクした“ゾンビ”キャラクターはすっかりイメージが定着し、その後のホラー作品群やミュージック・ビデオにパロディとしてそこかしこで頻繁に取り上げられています。ここまで世界的に市民権を得てしまったブルーカラー・モンスターを使い再び観客を震え上がらせようとした場合、メイクアップもさることながらこういったパワフル過剰な演技指導がなさなければ、現代のニーズに適合せず凡庸なトレース作品として終わったかも知れません。ここで難しいのは、ホラー映画史の金字塔である旧作(ロメロ演出)との比較対照になりがちになってしまい、そのため同じタイトルでありながら本作品の演技指導においてはコアなファンからは“まったくの別作品”とか、“これは「ゾンビ」に在らず”と言ったような損な役回りを絶えず被る結果となったと言って過言ではないでしょう。(それを考えると「バイオハザードU アポカリプス」の方が、何やらロメロ作品を忠実に下敷きとした由緒正しき系譜になってしまいそうな気もするのだが。) 
 ちなみに“走るゾンビ”というのは、英作品「スペース・バンパイア」やダン・オバノン作品「バタリアン」などで既に存在しているので、この場においてその正邪を血眼で論議する気は毛頭なく、本作もそのスピーディさ(フット・ワークの軽やかさか? 笑)、集団性においては、「15連発9mmパラベラム弾を全弾あっという間に撃ち尽くし、再装填にも余裕がない」ほどの退屈しない騒々しい作りになっているとは思うのですが如何なもんでしょうか?

 また噛み傷から発症した唾液感染者は死後数秒で“覚醒”することから、なにやら死後硬直からの“復活”と言うよりは、体温を維持したままの“憑依”と言うニュアンスにほど近く、これもロメロ路線とはおおよそ「異なる」と旧作ファンに総白目を向かれる一要因になっているかと思います。これは閉鎖空間室内で滔々とした時間の流れを全面に押し出した旧DOTD公開時期とは、時代環境も大きく変化した事もさることながら、前述“コミュニケーション不在”、“意思の喪失”を主軸としたロメロ一連作品とは対照的に、「サスペリア」、「デモンズ」等のD・アルジェント作品、更には「死霊のはらわた」サム・ライミ作品に在りがちな“悪魔的存在に憑依、意志を剥奪されるというコミュ二ケーションを行っている”の図式とは被っていないであろうか?一体旧DOTDから何を学び、何を考えているんだ?脚本家ジェームズ・ガン!(笑) 監督が「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 死霊創世記」を手がけたトム・サヴィーニであったならば、もう少しロメロ・ワールドの世界観の本質を弁えていたぞ!故に今回のDOTD2004は、旧DOTDからアクション性のみを抽出し、現代風により肥大させたと言って過言がないリズミカルなスーパー・バイオレンス・ホラー・アクション映画でありましょうや。

 さて。そのエンビジョニング(最想定) 今回舞台となるクロスローズ・モール(ショッピング・センター)は、初めから用意されたかの如く随分と簡単に侵入出来ます。また生存者達が物欲に溺れるような“豊富な品揃え”を前面に押し出した描き方はされず、「果たして物語の進行上、舞台として必要性があったのだろうか?」と考えてしまいました。あくまで“仮住まい”、“仮の砦”としてのディスタンスを保っています。これは前作が好きな人にとっては少々物足りなさを感じずには負えないでしょう。また旧DOTDのように移動手段をヘリに頼るような描写がないので生存者は地下駐車場の送迎バスにアルミ足場板などを窓に溶接し簡易装甲車化。あわよくば危機的局面から無事脱出しようと画策する点が、昔にはなかった割りと現代風映画的発想で、ザック・スナイダー、ないしジェームズ・ガンは旧DOTDよりも「エイリアン2」を観て育ってきたのではなかろうや?(笑) 更に店向かいの銃砲店に立て篭もった店主人“アンディ”との屋上での双眼鏡片手でのやり取りは意外性があって非常に面白かったです。そう。今回はモール内に銃砲店がないので深刻な弾不足に悩まされ、この店の存在が後に重要なポイントを持ってくるのです。9mm、357マグナム、12ゲージショットガンと様々な武器を利用して弾着の激しい(エグイ)人体破壊を行っていますが、使用弾薬による弾着の変化のような細かい描写はあまり行っていないようだ。今回は看護婦、警官、警備員、量販店の販売員、プーなどと登場人物も旧DOTDより俄然多く、様々なドラマがモール内で錯綜するが、上映時間内での描き分けも深いようで浅いような???ドラマでのカットシーン(9分間に及ぶ)が映像特典として収録されてありましたが、流石CM上がりの監督だけに、全体を通した“リズム感”を重要視しており、より人物に深みを持たせる描写であろうと流れを阻害するシーンを平気で割愛するあたりが驚かされます。もっともステーツTV放映時は長尺物が要求されるそうで、視聴者と言うのは東西問わず実に“勝手”なものだとは思うが...。(笑)。

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 面白かった点は、旧DOTDの主演者、ロジャー/スコット・H・レイニガーが“パスター基地軍司令官”。ピーター/”ケン・フォーリーが“牧師”(“When there's no more room in HELL the dead will walk the EARTH=地獄が満員になると死人が地上に溢れ出す”といったブードゥー教的講話を持ち出すのが懐かしい)。暴走族ブレイド/トム・サヴィーニが“T・ケーヒル保安官”として、前回とは違い今回はマス・メディアの向こう側から顔を覗かせていた辺りが嬉しかったです。(スティーブン=フライ・ボーイ/デヴィッド・エンゲは一部“消息不明”と報じられているようだが、ロメロ関連のホラー・コンベンションには現れたようで、その近況画像(だいぶ恰幅が宜しくなった。笑)が公開されていたりするのですが...。フラニー/ゲイラン・ロスは出演していませんが、モニカが恍惚とするモール内ファッションSHOPのミラー・ルームに、その名がブランド物の“LOGO”のように出演していますね。)
 “フラニー”で思い出したが、旧DOTDではゲイラン・ロス演じた“臨月間近のフラニー”は、人類最後の誕生者かもしれない僅かな“可能性”を宿して、絶望の朝焼けの中をヘリで当て所もなく飛び去っていった。自分的に今回の脚本で嫌味な所は“妊婦が感染してしまった”と生理的な禁止手を出してしまったこと。(これは「ブレインデッド」、あるいは「悪魔のあかちゃん」のオマージュであるらしいが筆者は未見) ワタシ的は「生む女が死ぬのも嫌なシークエンスでありますが、死んだ子供が生まれてくるのを観るのもちょっと嫌なのですね。」 ですからBABY・ゾンビ誕生は先に生理的嫌悪感が付いて回ってしまい、これには閉口してしまいました。ちなみに米国映画協会(MPAA)がX指定と承認すると、通常一般の新聞欄にはその映画広告が載らないそうでして。モンスターの頭部を撃ち飛ばすようなバイオレンス描写なら未だしも、このような生命の営みの深遠部を毒色に茶化すようなシークエンスは、物語進行上果たして不可欠な要素だったのだろうか?考え込んでしまいました。(この事柄に携わり、生存キャラクターが随分無駄に死んだような気もするのだが???)

ですんで、この映画。「ゾンビ映画」のカテゴライズとしては傑出した完成度でありながら、なまじタイトルが同じばっかりに「旧DOTD(ゾンビ)」を求めて観るとがっかりし、限りなく「エイリアン2」あたりに近いのではないかと思うのですが。(笑) 故に“出来の悪いリメイク”と思わずに、新しいスタイルのゾンビ映画作品として観られては如何なものでしょうか?興味のある方は是非。また余裕のある方は旧DOTDと見比べられては如何なものかと...?

2004 11/04 日記再録〜
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2004年10月30日

Goddamn you ! Goddamn all of you ! 「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 死霊創世記」

 PS2ゲーム「バイオハザード」の熱も覚めやらぬまま、「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 死霊創世記」DVDを店頭より引き取ってきた。かつての「ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 生ける屍の夜」 マスター・オブ・ホラー、ジョージ・A・ロメロ監督オリジナル作品を、特殊メーキャップ・スタントマンと様々な顔を持つロメロ信奉者トム・ザヴィー二が忠実にリメイク...。否。トレースした1990年度作品。ハリウッドから背を向けピッツバーグを基盤に細々と撮り続けたこの2人は米国映画協会と絶えず対立しており、映画協会はこの作品をX指定とみなし、主に“ゾンビの頭を撃つ”写実的表現のそのほとんどを無許可で割愛してしまった。(映像特典 メイキング・ドキュメンタリー“死人を歩かせる”に併録されている) 販売元: ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 発売日: 2004/10/27 時間: 90 分 価格: ¥3,990 (税込)

【STORY】
 母親の墓参に、郊外の墓地へと訪れたバーバラ兄妹に、突如死人が襲い掛かってきた。揉み合いの末、兄は惨殺され、逃げ惑うバーバラは近くの民家に避難する。やがて夜が訪れ、次々と増殖するゾンビ達はより新鮮な肉を求めて、人々が立て篭もった民家目がけて押し寄せるのだった。


 通常、意思の疎通や相互理解を前提として、コミュニケーションを確立していく健全な映画作品群とは装いが違い、ロメロ「リヴィングデッド」シリーズはその根本たる“コミュ二ケーション”を念頭からまったく排除してしまっている。かのゾンビ映画作品は健全なコミュニケーションが文明の利器たる情報システムと共に崩壊する事によって引き起こされる恐怖や悲劇を軸とし、家族や友人・恋人と同じ姿をしたコミュニケート不能・不在・欠如のモンスター群に取り巻かれ、人間はおろか社会基盤さえも根底から貪り食って破壊していく過程を鋭い社会風刺を取り混ぜ描いている。私欲に駆られた生存者たちの誤解や人種的偏見や差別からくる内紛、覚醒した娘に食い殺される母親、その娘に銃口を向けられない父親、極限状況下(密室)に放たれ置かれたヒステリックな生存者達が、原因が何ら分からぬままにただ既成事実として洪水の様に押し寄せ来る死者群や分かり合えない他者と格闘しながら、コミュニケーションを死に物狂いで模索していく姿を克明に浮き彫りにした作品が常なのだ。
ある意味、醜い死者を“自分を映す鏡”とし、コミュニケート手段を何ら確立できない“生きている人間がもっとも怖い”存在なのである。

 惨劇の夜が明け、臨時に組織された自警団のならず者ハンター達が、ビール缶を片手にまるで弄ぶようにして死者達を狩っていく。そこには“死者への尊厳”や“敬意”など微塵もなく、屠畜が如く手鉤で使い次々と獲物を引き摺り、薪の様に積み上げて火にくべていく。唯一生き残ったバーバラはふと呟く。「They're us. We're them and they're us.(私たち人間は奴らと同類なのね。)」 時代を反映する映画は問題提起は必要にしても、ここまで惨い映画もかつてなかった。この絶望でだるくなるような魔性の魅力に身を委ねて、来月(来週)発売の「ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクター・カット・プレミアム・エディション」をしばし待ってみまひょか。

2004 10/30 日記再録〜
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2004年10月04日

ZOMBIE DVD ラッシュ!

 この年末にかけてジョージ・A・ロメロ作品のゾンビ映画DVDがやたらと発売されるらしくて、「死霊のえじき」も「〜完全版」と銘打って発売されるそうです。これはロメロ「DEAD」シリーズ3部作でこれが最後ではと噂されていましたが、最近続編の制作が始まるとか....?実はこの映画、当時特別死者...(笑)試写会に足を運んだ経験があり、高い思いをしてビデオも購入した事もありました。何が「〜完全版」か?と一旦は興味を持ちましたが、コレ以前に発売された「〜最終版」はカット編集が多くて、一部のマニアの間では「〜改悪版」と囁かれているそうです。ですので「完全版=ビデオ」ということらしいので取立て購入はしない事としました。最近は安易にディレクターズ・カット版などと銘打ってやたらとマニア向けにソフトが出回ることが多くなりました。確かに手を加えた事によりポテンシャルがより充実して優れモノになった作品もあるでしょうが、でも特典映像の目新しさだけがセールスポイントで、これ等を無理に劇中挿入することにより、リズム感を損なったり物語の流れを欠いたりすることがあるのも事実。公開当時のコンディションを極力維持した復刻を目指すべきで「一粒で二度三度美味しい」という売り方は根本的に考え直す時期に来ているのではないでしょうか?

ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド 死霊創世記」DVDも発売されるそうです。“天から降ったか地から湧いたか、いつの間にか現れ群れ成す死者の群れに対して農家一軒集団立て篭り劇”というオーソドックスすぎるぐらいの映画。ロクな武器もなく取りあえずそこら辺のもので...というシュチエーションがとても怖い。また立て篭った人間達のエゴのぶつかりあいが更に怖いです。極稀に...それも1年ぐらいスパンを要して...時々思い出してはレンタルを借りてきて観ています。予約こそしましたが多分買っても毎日は観ないでしょう。(笑) 前作をよく研究し忠実に模倣、かつ現代に通じる味付けをし直したこの手の作品の中において、リメイクとしては傑出していると思うのですが、出来が良すぎで結構観るのが辛いんですよ。(爆) 特に地下室で娘が甦り母親を襲いかかり、その母親が甦り〜というくだりが実に無情で泣かせるしねえ。主人公が良かれと思い、やる事成す事全て裏目に転がるこの映画、鑑賞後はドッと疲れて案外寝酒要らずで安らかに眠れるかも...?


 「ドーン・オブ・ザ・デッド ディレクター・カット・プレミアム・エディション」も時期を同じくして発売されるそうですが、これはお馴染み「ゾンビ」のリメイク。劇場公開版はX指定の関係で残酷描写を9分間も割愛したとの話。追加した事で吉と出るのか狂と出るのか?(内容自体がすでに狂ですが。笑) 「シネコンで鑑賞し、上映後は階下のショッピング・モールを皆で仲良くうろつく」という最大の諧謔。 残念ながら公開がアッと言う間に終わり、ついに劇場に足を運ぶ事が出来なかったので、購入して観ること自体がまったくの博打なのですが、たぶんトホホな出来でしょう...。何?走るって...? ならば襲われて逃げ切れず、骨の髄までご賞味される被害者の人数の方が多くなりすぎて、逆に同胞になる方の比重は少なくなるのではなかろうか...?


 発売はまだ先で一連のロメロ・ワールドとは縁も所縁もありまえんが、「バイオハザードU アポカリプス」DVDは前作をすでに購入している関係上、たぶん買うでしょう。「ゾンビ映画」ではなく「ゾンビがたまたま出てくるこのアクション映画」。割と気に入っているシーンは、混乱の様相を呈する警察署内のデティール。路上の夜間市街戦。これ等都市中枢部で行われる大活劇の描写は、今まで低予算枠内のゾンビ映画では、事後語りとして触れられるだけで映像化はまず無かった。これは評価に値する!(この映画に嫉妬するのは「ゾンビの映画化」ではなく、あくまで「人気ゲームの映画化」であること。こうやって米国映画倫理協会=MPAAの網の目を潜り抜けたこと。ロメロ正統派作品は毎度正面きっては、倫理の壁に“血祭りにあげられる”から。ずるい!)そうだよなあ〜。いきなり所内で暴れ出したりしたら、取りあえずは牢屋にぶち込んだり暴徒扱いのようにベンチに手錠で括るようなあ〜。(デティールだけには兎に角よく拘る映画である)そういえば新作ゲームはまだ買っていなかった!ああっ。これでまた出費が嵩む。

2004 10/04 日記再録〜
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