
チンタラ工作していた「M3 LEE Mk.1」がようやく塗装まで漕ぎ付け、完成しました。てか当初目論んだ「多国籍軍的フィギュア工作」はまだ
大戦初頭、フランス戦で完敗し、ヨーロッパから追ン出されたイギリス軍は、損失した兵器や軍需物資の供給先を、豊かな工業力を背景にしたアメリカさんに求めたわけです。当初イギリスさんは「既存の自国巡航戦車をデトロイト辺りの機関車製造工場で大量生産して...」と強かな野望を秘めていたそうですが、アメさんはこれを一蹴!「これでも使いなはれ」と宛がわれたのが「M3中戦車」だったそうです。これは当時戦車設計においては国際的流行であった(であろう)多砲塔戦車の流れを汲んだ運用思想の古い車輌で、車体にじかに主砲を装備していました。イギリスさんは「不恰好やなぁ〜。」と。「せめてお宅さんのM4中戦車にしてくださいな」と。当時「M4 シャーマン中戦車」はまだ最終設計の段階だったそうでして、差し迫った需要を満たす暫定処置の範疇で、渋々この「M3中戦車」を発注していったんだそうです。

一概に「戦車」と言えども、運用する国民性には違いは伴うようでして。英軍戦車は無線機を砲塔内部に〜戦車長の手が届く範囲に配置するんだそうです。この為に「M3中戦車」は砲塔を再設計・大型化しました。これが英軍仕様車輌「M3 グラント」です。工場生産ラインの混乱を防ぐために今までの小型砲塔「M3」を米軍仕様車輌「ジェネラル・リー」と呼んで差別化を図りました。この「ジェネラル・リー」とは、南北戦争総司令官であり、後年ワシントン大学の学長を勤め上げ、未だ南部では敬愛と共に偶像視されている“ロバート・エドワード・リー”に因んで命名されたんだそうです。
後に「米軍装備なら、なんでも後払いで良いヨン!」といった武器援助法(レンダリース法)が米国議会で可決・制定されました。このため米軍標準仕様の小型砲塔「M3 リー中戦車」もイギリス軍に供給されるようになりました。アフリカ・第二次エルアラメイン会戦を経て、対日戦に備えてオーストラリアに送られた後、島伝いの南太平洋戦域や、ビルマ・インドといった極東戦域にも配備されるようになりました。〜今回ワタシが作ったのはこれなのでした。(超マイナー)
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